2012年5月13日日曜日

バンコクの近況2012(2)

3)タイのヒンドゥー遺跡(パノムルン歴史公園)
4)スリンでワークショップ

Sawadee kha !
皆さんいかがお過ごしでしょうか?
『 バンコクの近況2012(1)』の続きです。

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3)タイのヒンドゥー遺跡(パノムルン歴史公園)

5月3日(木)-9日(水)、東北タイのスリンへ出張がありました。バンコクから車で6時間、隣国のカンボジアと接している県です。

その週末はタイも3連休なので、スリンで3日間のヨーガのワークショップの予定が入ったのです。しかし、私たちがスリンに出かけた動機は、久しぶりの地方でのヨーガのプロモーションの仕事もありますが、むしろ、その地区に点在している中世クメール時代のアンコール遺跡を訪ねることの方が大きかったですね。

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今はタイ国内ですが、9-13世紀頃は、シーサケット、スリン、ブーリラム、ナコーン・ラーチャシーマーの一帯は、シェムリアップに首都があったクメール帝国の周辺国であったところです。

昨年12月にはナコーン・ラーチャシーマーのピーマイにある「ピーマイ歴史公園」を訪ねました。11ー12世紀にヒンドゥー寺院として造営され、後にクメール最盛期の仏教王(菩薩王)であった13世紀のジャヤバルマン7世によって大乗仏教寺院に改修された遺跡があります。

13世紀にアンコール・トムの都城を築いたジャヤバルマン7世は、世界で一番多くの石を動かした王、と言われています。私たちが現在アンコール遺跡として目にしている遺跡群は、ジャヤバルマン7世時代のものです。それ以降、クメール帝国は衰退、大規模な石造建築は行われていないのです。

「ピーマイ歴史公園」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%A4%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%85%AC%E5%9C%92

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今回訪ねたのは、スリンの隣のブーリラムにある「パノムルン歴史公園」と、その近くのムアンタム遺跡でした。どちらも11-12世紀のアンコール時代のシヴァ寺院で、特にパノムルンは丘の上の本格的なクメール遺跡で、驚きました。

「パノムルン歴史公園」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%8E%E3%83%A0%E3%83%AB%E3%83%B3%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%85%AC%E5%9C%92

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Picasaにフォトアルバムが作成してあります。
https://picasaweb.google.com/103061544163066016927/2012SIAMSurinPhnomrung?authkey=Gv1sRgCID40O3x0NbCvwE

実は、昨年12月に「アンコール編2011」の企画があったのです。2部構成で、第1部は東京の旅行代理店から依頼されたプログラムで、「ワンサニット・アシュラム」で4泊5日の合宿セミナーの後、カンボジアに移動して2泊3日で世界遺産のアンコール遺跡探訪。第2部は、グループの帰国後に私たちはシュムリアップに留まり、日本から来られる少人数の方たちとアンコール探訪を続ける、というものでした。

しかし、「アンコール編2011」は昨年10月・11月の「バンコク大洪水」の余波で延期。企画自体はたいへん面白いので、今年5月の連休後に実施、という予定だったのですが、これも再延期となっていたのです。

じゃあ、また自分たちだけで、またタイ領内のヒンドゥーの遺跡を訪ねようか、と考えていたところに、タイミング良くスリンでの仕事の話が来たのです。

昨年12月に「アンコール編2011」が延期になったときには、自分たちでナコーン・ラチャシーマーのピーマイ遺跡(ヴィマヤナガラ)を訪ねました。ピーマイの町の中心に歴史公園として整備してあって、アクセスは問題なかったです。

ふつうのタイの田舎町のど真ん中に中世のヒンドゥー/大乗仏教空間が出現している、という異質なコンビネーションがピーマイの面白いところです。突然、現在から中世の異次元空間に迷い込む幻惑観があります。

一方、パノムルン遺跡の方は、アクセスに問題があります。近くの町から離れた山の上にあるのです。出張セミナーのあったスリンの町からは60キロくらい(車で1時間弱)離れており、さて、交通手段が問題でした。

しかし、上手く行くときは上手く行くもので、幸運にも、スリンでのプログラムの主催者のメーオ(ブンラード・ニヨントン)さんの地元の友達で、カンボジア国境地帯の子供の教育支援のNGOを運営されているレックさん(男性)が、パノムルンまで車を出してくれることになりました。


さて、5月5日(土)ー7日(月)で3日間のセミナーをやった後、8日(火)の午前中にパノムルンに出かけたのです。

タイは地方に行っても道路網が良く整備されています。それで、みんな平気で時速100キロー120キロで車を飛ばします。道は広いのですが、ちょっと、こわいですね。

スリンの町からカンボジアの国境まで40キロ、国境を越えたカンボジア側も最近ハイウエイが整備されて、アンコールの首都であったシェムリアップまで200キロ、2時間ほどです。スリンからシェムリアップまで車で日帰りも可能です。

中世には、ジャヤバルマン7世が整備した道路網(王道)がアンコールの地方都市を結んでいました。それぞれの王道はアンコール・トム都城の中心に建立されたバイヨン寺院(観世音菩薩がご本尊)が終点でした。

パノムルン遺跡はスリンの隣の県のブーリラムにあります。スリンの町から60キロほどです。パノムルン遺跡のある町に入ると、レックさんの車が一軒のお店の前で止まりました。レックさんが指を差して、「この奥の家が私の両親の家です、今は誰も住んでいませんが」と言われたので、驚きました。

なるほど、実は、遺跡のある町で生まれた人に案内してもらう巡り合わせになっていたのですね!!

パノムルンは小高い死火山の上にあります。遺跡のある頂上まで車道が整備されていて、駐車場やレストラン、お土産物屋さんがひしめいています。思ったより観光地でした。

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ちょうど雨季入りしたばかりなので、幸いお天気も曇り気味で、思っていたほど暑くもなく、よく整備された遺跡公園をゆっくり1時間ほどかけて見学することが出来ました。

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パノムルンは中規模の本格クメール遺跡でした。期待していた以上で、びっくりしました。これなら、山の上までわざわざ見学に来る価値ありますね。カンボジアのアンコールまで行かなくても、十分、タイ領内で中世のアンコール気分に浸れます。

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本堂はシヴァ寺院です。中心にシヴァ・リンガムが安置され、シヴァの乗り物のナンディの像も残っています。

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寺院内のそれぞれの浮き彫りのテーマは、マハーバーラタであったり、ラーマヤナであったり、プラーナのクリシュナ神話であったりします。当時の人々はこのような浮き彫りを見ながら、ヒンドゥーの神々の世界にこころを向けて、宇宙と神々と共に生きていたのでしょうか。

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一番印象に残ったのは、「Five Yogis」と書かれた浮き彫りです。シヴァ派のパシュパタ派の5人のヨーギーの坐像、と説明がありました。アンコールにはシヴァ派のヨーギーの集団が存在していた、という記録があります。このパノルムルン界隈にもヨーギーやサドゥーが住んでいて、ヨーガ修行をしていたのでしょう。ハタ・ヨーガも行われていたはずです。

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また、本堂の入り口の浮き彫りが「ヨーガ・ダクシュナムルティ」で、これも、驚きました。ダクシュナムルティの形を取ったシヴァです。現代インドではマイナーな神様ですが、アドヴァイタ・ヴェーダーンタの教師であり、言わば「学問の神・知識の神」です。私たちにも身近な「ダクシュナムルティ」さんと、タイ領内のクメール遺跡で対面することになり、不思議な驚きと感激がありました。

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強大なクメール帝国の基盤を築いた9世紀のインドラヴァルマン王はシャンカラ・チャーリア派の師(グル)からアドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論)を学んだ学識の高い賢王であった、と伝わっています。

中世までの東南アジアには、いくつものヒンドゥー・大乗仏教王国が存在していました。カンボジアのクメール王国、南タイのドヴァーラヴァティー王国、ベトナムのチャンパ王国、インドネシアのシュリーヴィジャヤ王国などです。

今の「インド共和国」で「インド」を考えると、大きな錯覚を起すと思います。かってのインド世界は、現在のベトナムからインドネシアまで広がっていました。


さて、パンムルン遺跡は丘の上にありますが、近くのムアンタム遺跡の方は下の平地にあります。規模は小さいですが、よく整備され、遺跡の周りはきれいな公園となっています。タイの観光客の人たちも楽しんでいました。

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パノムルンは砂岩で造られていますが、ムアンタムの方は煉瓦造りでした。これも、シヴァ寺院ですが、東西南北の4つのお堂は残っていますが、肝心の中心の本堂が崩落しており、シヴァ・リンガムやナンディは見かけませんでした。

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13世紀頃まで、このあたりには有力なクメールの周辺国があったようです。その後、台頭して来たタイ族のスコータイ王国に押され、クメール王国は衰退して行きました。スコータイ王国はスリランカ伝来の上座部仏教を信奉したので、それ以降、タイは上座部仏教化し、クメール系のヒンドゥー・大乗仏教は消滅して行きました。


☆☆☆☆☆

からだをストレッチするだけでなく、こころのストレッチもヨーガのトレーニングです。

無限な宇宙に向かって開かれている中世ヒンドゥー世界の不思議空間にこころを遊ばせ、こころを異次元に同期させて行くことは、こころのバランス効果絶大のようです。

それで、今後、タイの「ワンサニット・アシュラム」でプログラムを組む場合、タイ領内の「ピーマイ&パノムルン」のアンコール遺跡探訪も組み合わせようと、という計画を立てています。

タイにあるアンコール遺跡の不思議空間に浸るのは、こころのストレッチ効果への条件満載ですね。バンコクから1泊2日で組むことが出来ます。
今年は11月に「ワンサニット秋合宿2012」を予定していますので、早速、それに組み合わせて見ようと思います。

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「ワンサニット秋合宿2012+タイ領内のクメール遺跡探訪」
日程:2012年10月28日(日)-11月3日(土)
定員:6名以上でプログラム成立
対象:ヨーガの初心者からベテラン・指導層まで
内容:ワンサニット5泊6日+クメール遺跡1泊2日
目的:伝統的ヨーガの理論と技術/歴史的背景への洞察深化
施設:アウトドアー派のエコロジー実験施設(冷房・温水シャワー無)
食事:タイ料理式ベジタリアン
費用:実費分担+ドネーション

「ワンサニット秋合宿2012+」に興味のある方は、どうぞ、ご連絡下さい。


4)スリンでワークショップ

さて、スリンでは、私たちの古い友人のメーオさん(Boonlerd Niyomthongさん)の主催で3日間のヨーガ+自然療法のセミナーがありました。

メーオさんは、筋金入りの国際派ベテラン・ソシアルワーカーで、自由を愛するひとです。タマサート大学卒業後、1980年代のカンボジア難民キャンプ時代からNGO活動に参加。

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タイ人ですが、中味はクメール系で、クメール語が母語です。スリンなどの国境地帯にはクメール系の人たちの人口が多いのです。

メーオさんはイギリス留学歴もあり、タイ語・クメール語・英語が堪能です。長年プノンペンでも活動して来られ、今でも、プノンペンに本部のあるカンボジアの仏教系のNGOの活動にも参加されています。

メーオさんと知り合ったのは、最初に私たちをタイに招聘した故スパポーン・ポンプリックさんのNGO仲間であったことが切っ掛けです。ソシアル・ワーカーはハードな仕事なので、一定の年齢になると健康問題が出て来ます。メーオさんも2005年頃から、ヨーガや自然療法、ヴィパッサナーに関心が深くなり、インド人の自然療法医を招聘してタイやカンボジアに自然療法を紹介するワークショップを企画する活動を始めました。

2007-8年にはインドを訪ね、ケララの自然療法センターに長期滞在、またロナウラのカイヴァリヤダーマ研究所で6週間コース(CCY)を受講されています。

また、インドのゴーエンカ先生系のVipassanaも熱心に続けられ、英語が堪能なのでタイのセンターでボランティアー・スタッフの「ダンマ・ワーカー」の仕事をよくされています。タイのセンターで日本人の参加者がいる時に、メーオさんにお世話を頼むこともあります。

昨年からメーオさんはスリン郊外の実家のある村に、自宅兼コミュニティー・センターの建築を始めているところです。今後は自分の出身地の村をベースとした活動もしたい、ということで、自然療法やヨーガのプロモーション活動を試みているところです。

 
バンコクは連日40度を越える猛暑でしたが、すでにスリンでは雨季到来、夜中に雨が降ったりと、バンコクよりは涼しかったです。バンコクから夜行の寝台列車でスリンに行きましたが、バンコクのファランポーン駅を出発したのが午後9時過ぎ、スリンに着いたのが翌朝8時頃、およそ11時間の列車の旅でした(高速バスなら6時間なのですが)。

メーオさんの村は、スリン市内から車で20分ほど行ったところで、それはそれは閑静な南国ヴィレッジでした。メーオさんは11人兄弟の末っ子、周りの家はほとんどメーオさんの親族の家です。お父さんはシェムリアップのトンレサープ湖で取れる魚をスリンに卸す仕事をされていたそうです。

私達が泊まったメーオさんの家にもニワトリ、アヒルが走り回り、犬も5匹くらいが遊びに来て、木のそばの地面を掘って昼寝をしたりしていました。
近くには牛小屋もあり、お姉さん達が交代で牛を外に連れ出したり、夕方連れ戻したりと世話をしていました。最近は水牛が減って牛が増えているそうです。水牛は農耕に使われていましたが、いまは農業は機械化、代わりに肉牛の飼育が盛んなようです。
 

参加者の人たちは延べ7名、全員女性でした。スリン市内や隣のブーリラムの人たちで、年齢は20代から50代、ヨーガが始めての人、CDで練習したことのある人、テレビや雑誌でヨーガのことを見たり聞いたりしたことがある人、という面々でした。

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さすがに、スリンにはまだヨーガ・スタジオはありませんが、公共の健康ウエルネス・プログラムで、ヨーガのようなストレッチ体操を経験したことがある人もいました。

他、自然療法の料理を作るメーオさんの友だちスタッフが2名、またメーオさんのオランダ人の友人でチェンライに住んで英語を教えているモニカさん、そして、私たちの友だちで、バンコク在住の日本人のM.I.さん(女性)が会社の連休を利用してこのセミナーに参加されました。

日中は日が照ると家の中がとても暑くなるので、昼間は庭の木の下にマットを敷いて講義や実習をしました。呑気なプログラムでした。

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最初タイに来た頃は、このような田舎でのプログラムもよくやったのです。
「Promotion of Yoga in Asian Countries(アジア諸国でのヨーガのプロモーション活動)」というのが、当初の私たちの活動主旨でした。

ここ10年くらいはバンコクの大学でのコースに集中していたので、私たちにとっては、久々の南国の田舎でのヨーガ・セミナーとなり、大いに楽しかったです。

バンコクの都会の人たちと比べて、身体は健康で頑強な人たちですが、やはりそれなりの健康問題はあるので、健康のためのヨーガや自分で工夫できる自然療法への関心が高まっているのは間違いないですね。

最近は、地方へのヨーガのプロモーション活動は、うちが所属するMCB財団の仕事として、うちのタイ・スタッフが担当しています。地方の公立病院との1年間契約での仕事などがあります。

今回は、長年の友人のメーオさんの個人的な依頼であり、私たちも国境近くのクメール遺跡を訪ねたい、という希望があったので、みんなにプラスになった楽しいプログラムになりました。

上手く行くときは、なぜか、上手く行くようです。

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(この項続く)


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2012年5月3日木曜日

バンコクの近況2012(1)

1)タイのお葬式に出席
2)タイの新年ソンクラーン

Sawadee kha!
皆さんいかがお過ごしでしょうか?

日本は桜の季節から、新緑の季節へと移っている頃でしょうか?
皆さんの大型連休を有効に活用されて下さい。

こちらバンコクは、例年の夏よりも暑さが厳しく、連日の猛暑が続いています。バンコク都内は最高気温が40度を越えています。最低気温が30度前後から、下がらないのがキツイですね。

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インドのプネーも4月の気温は40度以上に上がりますが、最低は20度まで下がるので、助かります。この時期プネーのフラットのテラスで寝ると、夜は冷たい風が吹き、天然のクーラーとなり、かなり快適に寝ることが出来ます!

バンコクでは、住民のみなさんは、夜はクーラーの良く効いたショッピング・センターに集まります。夕涼みですね(笑)。40度近くの猛暑になると、バンコク名物の、ビルや乗り物の中の極冷えクーラーが、それほど冷たく感じません。

私たちのバンコクでの住居は、タイ・ヨーガ研究所(TYI)のオフィスの2階で、午前中はエアコンをつけずに何とか過ごし、午後からエアコンを使う、というポリシーにしています。

昼間の設定温度は28度、夜は30度にしていますが、こんな高めの設定は、私たち日本人だけのようです。(ふつうのタイの人たちはもっと低めで、ガンガン冷やしていますね!)

1階のオフィスにはエアコンはないので、スタッフの3人の女の子たちも、さすがにふうふう言っています。ヨーガ・ピープルはナチュラル派なので、エアコン嫌いが大勢ですが、この時期エアコンなしで1日中オフィス仕事はキビシイですね。勤務時間が終わるとすぐ帰宅しています。

私たち日本人では、エアコンが無いと3日でダウンするでしょう!(笑)
でも、1週目・2週目と過ぎて行くと、からだは徐々にバンコクの暑さにの順応して来るのを感じます!

インドのプネーから下旬にバンコクに移ってから、H2は東京へ一時帰国、H1は今年もカトマンドゥーにフィールドワークに出かけたりと、別行動がありましたが、4月・5月のバンコクの近況報告をお伝えします。


1)タイのお葬式に出席

先月、タイのお寺のタイ式のお葬式に参列しました。

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うちのオフィスのディレクターのカヴィー氏の義理のお兄さんが、腰の痛みで病院へ行ったところ、すでに全身に転移した末期のガンと判明。即マヒドン大学の大学病院に入院、余命3週間と言われていましたが、腎臓の機能不全で入院の翌日に急逝されたのです。

カヴィー氏が言うに、義理のお兄さんは(享年68歳)は、からだは丈夫な方で、特に病歴もなかったのですが、甘い物好きで、好きな食べ物食べ放題で、あまりからだや健康のことには関心を持っていなかった人、だったようです。

しかし、一族の中では頼られていた人物で(カヴィー家の長女の旦那さん)、早くに父親が無くなったので長男として他の兄弟姉妹を父親代わりに面倒を見た苦労人で、それもあってクリスチャンに改宗していた、という経緯もあったそうです。

カヴィー氏のお父さんの認知症(痴呆)が進行して、暴力的になった頃は、主にその義兄がお父さんなだめ役として、話を聞きに来て呉れていたようです。

その義兄さんがガンで入院した話を聞いた次の日に、急に亡くなった、と聞いて、私たちも驚きました。

それまで普通の生活をしていたのに、ガンと診断されて、見る見るうちに生気が無くなって行ったようです。国立大学の大学病院なので、余分な延命治療はしないので、アッと言う間の人生の終焉でした。

実は、その義兄の奥さん、つまりカヴィー氏の姉さんも最近認知症の傾向があり、身の回りの事態の急変が理解できていなかったようですね(子供さんたち、つまりカヴィー氏の甥姪が認知症を疑い、病院に診断に連れて行こうとして、本人がはげしく抵抗していた段階です)。

カヴィー氏のお父さんは数年間に亡くなりましたが、晩年認知症。実は、お母さんも認知症、ここ12年くらいで段階的に症状が進行して、今は寝たきりの植物人間状態です。

最初の数年は暴力的な傾向が出て、家族が持て余しました。末っ子のカヴィー氏は結婚しても両親の家に同居していたのですが、お母さんの認知症による人格崩壊で家を出て独立した、という経緯です。

ここ数年はからだの運動機能も失われて行き、今は胃ろうの処置もされていて、介護人が24時間付きっ切りです。1日2回、流動食を直接胃に流し込んでいます。もう家族の記憶も消えており、最初の子供である長女の顔にだけ、少し反応するようです。

介護人はラオス人の人です。タイ人では、もう家政婦をしたり、高齢者の介護人をする人がみつからない、と言います。その層は、周辺国のラオスやミャンマーからの出稼ぎの人たちが担っています。

昨年11月までスクンヴィット通りにある自宅で介護されていましたが(娘の家族が同居)、昨年のバンコク大洪水騒動で、万が一浸水被害があると対応困難ということで、ラームカンヘーン通りのカヴィー氏の家に引き取られ、今はそのままカヴィー氏宅で面倒を見ています。

バンコクの華僑系の人にも、認知症は多いです。カヴィー氏の場合、両親は大陸から移民して来て、バンコクでそれなりの財をなした第1世代です。異国のタイで過酷で勤勉な生活を送った世代は、晩年認知症になるケースが多いようです。華僑系の人たちは大家族制ですので、お年寄りも家族で支えます。

しかし、タイも高齢社会化が進んでいます。次世代は少子化です。カヴィー氏も7人兄弟姉妹ですが、本人は結婚はしていても子供なしです。私たちの回りのタイ組は、高学歴子供なしが大半です。社会の高齢化問題はどこも共通ですね。タイも高齢者の介護問題を抱えて来ています。

さて、義兄さんはキリスト教に入信していましたが、お葬儀はふつうにお寺で、仏式でやってくれ、という遺志でした。義兄さん以外は皆仏教徒ですから(東南アジアの華僑系でキリスト教徒、という人たちは良くいますね)。

さて、ふつうのタイのお葬式は、病院や自宅から遺体をお寺に運び、通夜から葬儀、火葬まで、お寺で執り行われます。葬儀の期間は3日・5日・7日の日程で選ばれます。これは、故人の社会的地位や経済力で決まります。だいたい庶民の場合は5日間前後ですが、VIPの場合は3ヶ月も続くこともあります。

ちなみに、王族方の場合は1年間、国家行事としての盛大な葬儀となります。近年では、2008年12月と先月に王族方の葬儀が王宮広場で執り行われました。1年に及ぶ殯(もがり)の期間の後、古式ゆかしく特設の豪華な櫓で火葬が行われます。故人を天界に送る、という荘厳な儀式で、タイの伝統文化イベントとも言える行事です。

王族方の火葬の櫓はヒマラヤのカイラーシャ山(メルー山・須弥山)を模したもので、アユタヤ時代の有力な王の葬儀の時には、100メートルを越える高さの櫓が組まれた、という記録があります。

The Royal Pyre as Mount Meru


さて、お葬式の知らせを受けると、故人に縁の会った人はお寺での葬儀期間中に一度夕方お寺に行き、夕方1時間の読経に参加するのがタイ式です。家族に香典を渡しておくやみを述べて、ご家族と一緒に僧侶によるパーリ語の読経を拝聴します。

つまり、お寺での葬儀の期間中に、都合の良い日に一度顔を出せば義理は果たせる、というシステムです。

親族や特に縁の近い人たちは、最終日の火葬にも参列して、火葬の儀式に参加します。タイでは火葬場はお寺の中にあります。建物のデザインはやはりカイラーシュ山(須弥山)をモデルにしたものです。王族方の火葬場のミニチュア版ですね。

火葬の参列者は薄く削った木で作った造花をお棺に添えます。これは、むかしは親戚や近所の人たちが故人を火葬する薪を持ち寄った習わしに従うものです。今は紙のように薄く削った木で作った造花が薪の代わりになっています。仏教的なのですが、タイ的に成熟している文化です。

私たちも1日、スクンヴィット通りのエカマイにあるお寺に夕方、カヴィー夫妻と一緒に出かけました。一等地にある大きなお寺で、アクセスも便利なため、葬儀寺として有名なお寺だそうです。

お寺に入ると、敷地内では幾つもの葬儀も平行して行われていました。葬儀会場は20くらいあるようです。何とペットの葬儀場もありました!(それも、日本語で案内が出ていました、需要があるのですね!)。

義理のお兄さんの葬儀場(エアコンのよく効いたホール)に入り、奥さんや(カヴィー氏のお姉さん)や息子さんたちにご挨拶をして、棺が安置されている祭壇へ行き、手を合わせてお参りをします。それから会場の椅子に座って待って、お坊様が来られるのを待ちます。特に、焼香に相当するような儀礼はなかったです。

一応、服装は白か黒です。特に、フォーマルな喪服というルールはないですが、下が黒のズボンかスカート、上が白のシャツやブラウスであれば失礼にはならないようです。

そのうち、三々五々人々がやって来て、同じように遺族に挨拶し、祭壇の棺にお参りして、椅子に座っておしゃべりをしていました。その日は日曜日だったので、参列者も多かったようです。

午後7時から読経が始まります。お坊様方が4人入場、パーリ語のお経が始まりました。お坊様は最低4名がしきたりのようです。タイのお寺はお坊様がたくさん住んでおられますので、数に不自由はないですね。お坊様は数が揃えば良いようで、毎日違うメンバーだそうです。

読経は20分くらいで終わりました。その間、みんな合掌して聴きます。合掌はしますが、こちらでは数珠というものはありません。親族は前のソファー席で、私たちはふつうの椅子です。

その日の読経が終わると、お坊様方は早々に引き上げられます。そして、参列者には食事が振舞われます。シンプルですが、洗練された味の汁麺の容器が回されて来ました。別に精進ではなく肉も入っていました(私たちは肉は避けますが)。

午後8時にはすべて終わりました。予想していたより、あっさりでした。出された食事もあっさりでした。大都会のバンコクでは、葬儀も都市化・合理化・簡略化されて来ています。地方では、もっとハデで大がかりなようですが。

外に出ると、同じ境内の別な葬儀も終わっていて、人の流れや車で混雑状態でした(スクンヴィット通りに面して、大きな駐車場が境内に確保してあります)。

義理のお兄さんの葬儀は5日間コースでした。私たちは3日目の夜に行ったことになります。ガンと診断され、その前の週の水曜日に入院、翌日木曜日に急死、金曜日からこのお寺で5日間の葬儀、翌火曜日に火葬でした。

遺灰の扱いはいろいろのようです。チャオプラヤー河に流す場所があり、そこで海に向かって流すのが一般的だそうです。また、あるお寺と縁がある場合、そのお寺の納骨堂に納めて貰うこともあるようです。

お墓はありません。タイの仏教には先祖供養という習慣はありませんので、お寺に納骨しても、お墓の管理や法事ごとで遺族がお寺に縛られる、ということもないです。そもそもお寺自体が出家者の修行の場ですから、お坊様は自分の修行のために一時的にそのお寺に所属しているだけ、というのが仏教の原点です。

他の国の葬儀に参列してみるのは、とても貴重な文化体験ですね。インドのヒンドゥー教の場合、日本とはまったく異なる宗教文化であり、別世界なのですが、東南アジアのタイですと、日本と同じ仏教の伝統なので、同じところもあり、違うところもある、という発見があり、とても勉強になります。

上座部系のタイ仏教は、パーリ語の教典に残されているブッダの言葉に従った仏教的伝統ですので、「生・老・病・死」という人生の真実が全面に出ます。また、完全に自力本願ですので、自分の努力だけが、自分を苦悩から救う、と考えます。

タイの仏教は、同じ仏教でも、日本の気候風土で最適化されて来た日本的大乗仏教とは、かなり異なったものです。近年、日本でも上座部仏教への関心が高まっているのも当然と思います。日本仏教の現状から見ると、いろいろ新鮮な発見や驚きがあるでしょう。

実は、私たちもタイでお葬式に出たのは、今回が初めてのことでした。良い経験をさせて貰いました。いろいろな発見があり、考えることも多くありました。

先日、日本の宮内庁から、天皇陛下が火葬での簡略な葬儀を望んでおられる、という発表がありましたが、実はタイでは王族方の葬儀は、国家行事としてのタイ文化の発揚の機会でもあり、膨大な国家予算も使われますが、それが伝統文化の保護・振興にもなっています。

2008年12月に王族方の葬儀があったときは、ちょうどタイは政治紛争の真っ最中で、空港占拠・閉鎖までエスカレートした時期でした。しかし、葬儀期間中は、政治的に争う両陣営もぴたりと休戦、国を挙げて葬儀にこころを向ける、という一体感があり、タイの伝統が持つ「文化力」に大いに感心した次第です。そして、王室の葬儀が終わると、また政治的なデモ行動を再開。

現世的な政治経済での利害対立より、仏教の宗教性や伝統文化は高い次元にあり、それが社会全体の統合を保つ、というモデル・ケースに立ち会ったわけです。ある意味、タイの人たちのこころの豊かさを見たような気がしました。

何でも簡略化・合理化というのは、確かに便利かも知れませんが、いつの間にか、こころを貧しくするようにも思えます。

他の国の文化への見聞を広める機会を持つことは、これから、ますます大切になると思えるのです。

わたしたちのタイでの「仕事期間」中に、どうぞ、タイに来られることを歓迎いたします。いろいろとアレンジも出来ます。

特に、アジアの仏教文化に興味のある方には、タイには豊富なリソースがあります。ヨーガについて考えるにも、タイは最適な環境です。


2)タイの新年ソンクラーン

昨年に続いて、今年も4月にタイに居ることになりましたので、今年もタイの新年に当たる4月13日(金)~15(日)のソンクラーンをバンコクで過ごすことになってしまいました!

通称「水掛け祭り」で、外に出て、お互いにハデに、手桶やバケツや水鉄砲やホースで水を掛け合います。ソンクラーンの3日間は、バンコクも、ちょっとした水掛け合戦の「戦闘状態」に入ります。キケンな3日間なのです!

この時期を新しい年の始まりとする考え方は、太陽の動きで決まっているもので、インド起源です。現代インドではもっぱら他の時期を新年として、4月新年はあまり聞きませんが、ネパールではこの時期が新年です。

また、タイだけでなく、お隣のカンボジアもこの時期が新年です。かってインド文明の一部であった東南アジアで、どれだけこの時期を新年とする慣習が残っているのか、また調べてみます。

タイのソンクラーンは、インド起源ですがタイの文化として発展・定着しています。たぶん、ふつうのタイの人たちは、ソンクラーンの

起源がインドとは知らないと思います。酷暑の時期なので、タイではお互い水を掛けて遊ぶ、という側面が強調されて来たようですね。

伝統的には、この時期は、目上のひとを訪ねて、手に水を掛けて、尊敬と感謝の思いを伝える、という、厳かな行事を執り行う時期です。

私たちも、ソンクラーンの時期にタイに居る場合は、道で水知らすの若い子に水をざぶりと掛けられるだけでなく、大学のヨーガ・コースの修了生が訪ねて来て、厳かに手に水を掛ける儀式をして呉れたりします。

今年は4月13日(金)の午前中に、昨年のシュリナカリン・ヴィロード大学(SWU)の人文学部でのコースの生徒さんで、1月にスタディー・ツアーでロナウラにも来られたパエさん(税関職員)がオフィスにやって来て、手に水を掛けてくれました!

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こちらは伝統の形式に従って、ボールを下に置き、その上で合掌した私の手の上にジャスミンの花輪を掛け、花びらを浮かせたお水を掛けます。


ソンクラーンのお祭りは、タイの旧正月・新年であって、おめでたい行事なのですが、インドの「ホーリー祭」同様、私たちにとってはちょっと危険な日です。

昨年4月は、もう大丈夫と思って最終日に外出をして、ざぶりと水を掛けられましたので、今年は特に慎重に行動をとりました。

うちのオフィスのあるソイ(小道)から大通りのラームカムヘーン通りに出る右側コーナーでは、ドラム缶や、ホースをもって常時10人くらいの若い子たちが待機していて、3日間、車や人が通る度にじゃぶじゃぶ水を掛けていました。

反対の左側も、少し行ったバス停のところで、若い子たちが5~6人水を用意して戦陣を張っています。その先の「セブン・イレブン」や屋台のお店には近づけません。

中日の14日(土)は、夕方6時過ぎに外に出て、若いソンクラーン戦士の目を盗んで、手前のガソリンスタンドの奥にあるロータスの小型スーパーに滑り込むことができました。

15日(日)の最終日も、やはり6時過ぎにオフィスを出て、水掛軍団を距離を取りながら素早く歩道橋を渡りバス停到達、運良くすぐにバス(エアコン無しのバスなので窓が開いています)に乗れました。

しかし、このバスの中が大変でした!!

バスも外から水攻撃を受けます。バスの中には、それに応戦するための大型バケツと、応戦要員が2名乗り込んでいます。

バスの床はもちろん水でびしょ濡れ、あちこち歩道で待ち受けている水掛け軍団から容赦ない水攻撃。開いている窓やドアから水がざぶりと入って来ます。そして、それにバスの中からも応戦。

私たちも素人ではないので、窓が閉めてある座席に座り、キケンなコーナーが近付いて来たのを察知すると、さっと身をかがめ、水を避けます。目的地の「モール」まで5分くらいの乗車なので、何とか水をかぶらずに乗り切りました。


しかし、何でこんなことになるのでしょうね??どうも、本来の意味からかけ離れて、単なる馬鹿騒ぎの無礼講ということになっているようですが・・・

本来の「ソンクラーン」は、家族が一堂に集まって、仏像のお清めをしたり、年長者を敬う期間だったようです。

私たちのタイでの仕事が始まった頃(1998年)、有名な高僧のおられるお寺に連れて行かれ、みなさんと一緒に、そのお坊様の手に水を掛ける儀式に参加したことがあります。

当時は何をしているかも、そのお坊様が誰かも、よく知りませんでしたが、後でいろいろタイの文化が解ってきました。

まあ、何とか今年も無事にソンクラーンを乗り切ることが出来ました。猛暑はまだまだ続いていますが!



(この項続く)

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2012年5月2日水曜日

穂高編2012のお知らせ・アップデート

日程:2012年6月12日(火)ー6月26日(火)
主題:伝統的ヨーガの理論と技術
会場:穂高養生園(長野県安曇野市穂高 → http://www.yojoen.com/ )

①6/15(金)・17(日):養生園主催一般向けプログラム/空席待
②6/18(月)・20(水):アーサナ+プラーナーヤーマ+ムドラー/空席有
③6/22(金)・24(日):伝統的ヨーガの理論と技術1/空席有
④6/24(日)・26(火):伝統的ヨーガの理論と技術2/空席有

⑤6/12(火)・15(金):クリヤー・ヨーガとユクタ・プラーナーヤーマ/空席有


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2012年6月12日(火)ー26日(火)の「穂高編2012」の予約状況のアップデートです。

2ヶ月前の参加確認でキャンセルが出ていますので「森の家」貸切りプログラム②③④⑤に空席があります。

興味のある方は、どうぞお問い合せ下さい。

6月12日(火)穂高編2012⑤
6月13日(水)↓
6月14日(木)↓
6月15日(金)↓穂高編2012①
6月16日(土) ↓
6月17日(日) ↓
6月18日(月)穂高編2012②
6月19日(火)↓
6月20日(水)↓
6月21日(木)休養日
6月22日(金)穂高編2012③
6月23日(土)↓
6月24日(日)↓穂高編2012④
6月25日(月) ↓
6月26日(火) ↓



①養生園主催・一般公開プログラム
☆定員25名/予約満席/空席待9名☆

日程:6月15日(金)-17日(日)・2泊3日
定員:25名
内容:「ヨーガのコンセプト」「ヨーガ実習のガイドライン」「ヨーガの背景」
対象:一般向け(初心者から経験者、指導層まで)
施設:里の家・森の家・人と木とホール
費用:穂高養生園の標準的設定

このプログラムは、伝統的ヨーガの理論と技術についての、エントリー・プログラムです。ヨーガが初めての方にも、ヨーガ経験が長い方にも、等しく有益な内容です。申込みが定員を越えていますので、空席待でお受けしています。
 


②森の家「アーサナ+プラーナーヤーマ+ムドラー」
☆定員14名/予約13名/空席有り☆

日程:6月18日(月)-20日(水)・2泊3日
定員:14名前後(「里の家」利用で数名追加可)
内容:「アーサナ」「プラーナーヤーマ」「ムドラー」
対象:アーサナからプラーナーヤーマへの移行を志向する方
施設:森の家・人と木とホール
費用:実費分担+ドネーション

このプログラムでは、ヨーガの実習面での土台となる「アーサナ→プラーナーヤーマ」の伝統的なコンセプトとスタンダードな技法について考察します。ヨーガそのものについての自信を深めるのに有益な内容です。

ヨーガの技術面の確認に興味のある方は、どうぞお問い合せ下さい。



③森の家・伝統的ヨーガの理論と技術1
☆定員14名/予約13名/空席有り☆
 
日程:6月22日(金)-24日(日)・2泊3日
定員:14名前後(「里の家」利用で数名追加可)
内容:「ヨーガ・スートラ1章・2章」「ハタ・ヨーガの理論と修行体系」
対象:ヨーガの理論面の深化を志向する方
施設:森の家・人と木とホール
費用:実費分担+ドネーション

このプログラムでは、ヨーガの理論面での枠組みである『ヨーガ・スートラ』と、技術面でのリソースであるハタ・ヨーガの『ハタ・プラディーピカー』について考察します。伝統に従った普遍的な知識を確認して行くことで、ヨーガがわたしたち現代人にも驚くほど有用であることが確認されるでしょう。

ヨーガの理論面の確認に興味のある方は、どうぞお問い合せ下さい。



④森の家・伝統的ヨーガの理論と技術2
☆定員14名/予約10名/空席有り☆

日程:6月24日(日)-26日(火)・2泊3日
定員:14名前後(「里の家」利用で数名追加可)
内容:「ハタ・ヨーガの文献」「仏教の瞑想理論」
対象:ヨーガと瞑想との関連に興味のある方
施設:森の家・人と木とホール
費用:実費分担+ドネーション

このプログラムでは、パーリ語文献『マハー・サティパッターナ・スッタ』による仏教系の瞑想理論について考察します。「身体・感覚・心・法則」の4段階で進む「ヴィパッサナー(Vipassana)」で達成される境地を理解することで、ヨーガや仏教を含めたインドの精神性の全体像についての洞察を深めます。

ヨーガの「アーサナ→プラーナーヤーマ→サマーディ」というシームレスな実習の流れを確認したい方はお問い合せ下さい。



⑤「クリヤー・ヨーガ」とユクタ・プラーナーヤーマ」
☆定員14名/予約14名/空席有り☆

日程:6月12日(火)-15日(金)・3泊4日
定員:14名前後(「里の家」利用で数名追加可)
内容:ヨーガの本命プラーナーヤーマの理論と技術への習熟
対象:リピーター対象
施設:森の家・人と木とホール
費用:実費分担+ドネーション

このプログラムでは、ヨーガ実践の中核であるプラーナーヤーマ体験の深化を図るために、『ヨーガ・スートラ』の第2章の「クリヤー・ヨーガ」と、『ハタ・プラディーピカー』の第2章の「ユクタ・プラーナーヤーマ」について考察し、伝統文献のコンセプトの体験的理解が、すでにヨーガ経験の長い方の実習を、さらに進化させることを確認します。

養生園での今までの「穂高編」のリピーターの方で、ヨーガの総合力の強化に興味のある方は、どうぞ、お問い合せ下さい。

(この項続く)


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