
HH バンコクの仕事・インドの研究 / 伝統的ヨーガの理論と技術
ヨーガをテーマとしたインド研究とアジアの精神性の探究。1920年代から西インド・マハーラーシュトラ州のロナウラ(लोणावळा現地発音ローナーヴァラー)に集積されて来た「伝統的ヨーガ」のリソースをベースにしたヨーガの研究・教育活動。
2012年1月1日日曜日
2011年11月10日木曜日
【お知らせ】 2011年11月10日
来年2012年前半の「伝統的ヨーガの理論と技術」のプログラムのお知らせです。
1)2012年3月「ロナウラ編2012」
2)2012年6月「穂高編2012」
ロナウラに集積されて来たヨーガのリソースをベースにした、効率的なヨーガの学習体験の提供が、これらのプログラムの課題です。
近代ヨーガ研究の発祥の地であるロナウラには、合理的なヨーガ理論と洗練された技法群、そして、それらを根拠付けているヨーガの古典文献の研究成果が蓄積されています。
ロナウラの学術的なヨーガのリソースに触れて行くことは、わたしたち日本人にとっても、ヨーガ理解とヨーガ体験を深めて行く上での、有益で最短なコースになります。
おかげさまで、毎回合宿セミナーに参加された方々との交流やフィードバックによって、学習プログラムの構成と内容が進歩して来ています。
今後も、よろしく、ご理解とご支援をお願いしたいと思います。
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1)ロナウラ編2012
→ https://sites.google.com/site/hhyoga/lonavla2012-1
マハーラーシュトラ州ロナウラのカイヴァリヤダーマ研究所での、日本人対象の2週間の合宿セミナーです。
日程:2012年2月26日(日)ー3月11日(日)
期間:15日間+追加プログラム
定員:15名前後
対象:ビギナーからベテランまで(リピーターの方優先)
内容:HCC(ヘルス・ケア・センター)のプログラム+講義
講義:伝統的ヨーガ文献と近代的ヨーガ研究について
施設:カイヴァリヤダーマ研究所
食事:菜食インド料理(自然療法の食事法に準拠)
費用:必要経費シェアリング+ダーナ制
追加プログラム:
ロナウラのカルラー・バージャ石窟寺院探訪、文化都市プネー散策、世界遺産エローラ探訪、ウルリカンチャンの自然療法アシュラム滞在 etc.
「ロナウラ編2012」は、空席待ちでお受けしています。
興味のある方は、どうぞ、ご連絡下さい。
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2)穂高編2012
→ https://sites.google.com/site/hhyoga/hodaka2012
来年も6月に、恒例の長野の穂高養生園での合宿セミナー・シリーズ「穂高編2012」が企画されます。
テーマは、「伝統的ヨーガの理論と技術」、内容は、モジュール形式で伝統的ヨーガの学習プログラムを積み重ねる方式です。
日本のみなさんに、ヨーガをヨーガとして成立させている本質的な部分の
知識を、効率的に提供しようとする試みです。
● 日程
①6月15日(金)-17日(日):養生園主催・一般向けプログラム
②6月18日(月)-20日(水):森の家「プラーナーヤーマ」
③6月22日(金)-24日(日):森の家「伝統的ヨーガの理論と技術」
+
④日程未定:追加プログラム(リピーターの方対象)
①のプログラムは、ビギナーの方にも適しています。
②③のプログラムは、ある程度ヨーガ経験がある方に有益です。
上記の①②③の他に、リピーターの方を対象とした上級プログラムも企画される予定です(昨年は、5月に沖縄の久高島で実施されました)。
内容は、参加者のみなさんの興味とニーズによって選択されて行きます。興味のある方、ご要望ある方は、どうぞ、お問い合わせ下さい。
● プログラムの内容
①養生園主催・一般公開プログラム
日程:2012年6月15日(金)-17日(日)・2泊3日
定員:25名
内容:「ヨーガのコンセプト」「ヨーガ実習のガイドライン」「ヨーガの背景」
対象:一般向け(初心者から経験者、指導層まで)
施設:里の家・森の家・人と木とホール
費用:穂高養生園の標準的設定。
②森の家・「プラーナーヤーマ」
日程:2012年6月18日(月)-20日(水)・2泊3日
定員:14名前後
内容:「アーサナ」「プラーナーヤーマ」「ムドラー」
対象:アーサナからプラーナーヤーマへの移行を志向する方
施設:森の家・人と木とホール
費用:実費分担+ドネーション
③森の家・「伝統的ヨーガの理論と技術」
日程:2012年6月22日(金)-24日(日)・2泊3日
定員:14名前後
内容:「ヨーガ・スートラ1章・2章」「ハタ・ヨーガの理論と修行体系」
対象:ヨーガ実習の深化を志向する方
施設:森の家・人と木とホール
費用:実費分担+ドネーション
+
④追加プログラム(リピーターの方対象)
日程:未定
定員:12名~
内容:参加者のみなさんの興味で選択
対象:リピーターの方
施設:未定
費用:実費分担+ドネーション
● 学習モジュール
○ 「ヨーガのコンセプト」
伝統的ヨーガのコンセプトの確認と、実際のヨーガ実習の枠組みとなる近代的ヨーガ理論とスタンダードな技法群の理解。
○ 「ヨーガ実習のガイドライン」
ヨーガの実習で、着実に効果を積み上げて行くためのガイドライン。
○ 「ヨーガの背景」
ヨーガの背景となっている、インドの精神価値体系への洞察。インドの歴史と文化、インド哲学やインドの宗教思想の流れや、1920年代からのヨーガの近代化のプロセスの背景知識について概説。
○ 「アーサナ」
『ヨーガ・スートラ』で定義されている「アーサナ」のコンセプトと実習の方向性を確認。ハタ・ヨーガのアーサナの技術について詳細に検討。
○ 「プラーナーヤーマ」
『ヨーガ・スートラ』で定義されている「プラーナーヤーマ」のコンセプトと実習の方向性を確認。ハタ・ヨーガの技法である「アヌローマ・ヴィローマ(ナーディー・シュッディ)」「ウジャーイー」「バストリカー」の技術について詳細に検討。また、ハタ・ヨーガで「クリヤー(浄化作法)」に分類されている「カパーラバーティ」についての理解を深める。
○ 「ムドラー」
ハタ・ヨーガ特有の技術である「ムドラー(バンダを含む)」についてハタ・ヨーガの伝統文献で確認。主要な「ムドラー・バンダ」の技術について詳細に検討。ヨーガの技術体系の全体像の把握と、実習面でのレベルアップを図る。
○ 「ヨーガ・スートラ1章・2章」
伝統的ヨーガの理論面の枠組みであるパタンジャリの『ヨーガ・スートラ』(紀元前3世紀頃)の前半2章の読解。「サマーディ」と呼ばれる身心合一状態を追求する階梯を教示する「第1章サマーディ・パーダ」と、「サマーディ」へ向かう古典的方法論を論ずる「第2章サーダナ・パーダ」を考察。
○ 「ハタ・ヨーガの理論と修行体系」
伝統的ヨーガの技術面のリソースを提供している「ハタ・ヨーガ」の代表的な次の3つの伝統文献の内容について考察、「ハタ・ヨーガ」の理論と修行体系の理解を深める。
・『ゴーラクシャ・シャタカ(GS)』(10世紀頃)
・『ハタ・プラディーピカー(HP)』(14世紀頃)
・『ゲーランダ・サンヒター(GhS)』(17世紀頃)
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2011年11月9日水曜日
アジアの精神性とヨーガ2011(5)
ベトナムのホイアンとミーソン聖域を訪ねて
期間:10月23日(日)ー25日(火)
「アジアの精神性とヨーガ2011」のシリーズです。
先月、バンコクに50年振りという大洪水の危機が迫る中、10月23日(日)・25日(火)の2泊3日の日程で、 中部ベトナムの古都ホイアンと、ホイアン郊外のミーソン聖域に短期のフィールドワークに出かけました。
ウエブ・アルバムのPicasaにフォト・アルバムが創ってあります。
→ 「2011VIETNAM_Hoian/Myson」
● 世界遺産のホイアン
ホイアンは、ベトナム中部の中堅都市ダナンの南30キロ、トゥボン川の河口に位置している古い港町です。
かってホイアンは、海のシルクロードの重要な拠点のひとつでした。16世紀末から19世紀まで国際貿易港として繁栄、ポルトガル人、オランダ人、中国人、日本人が来航、朱印船貿易の時代には大規模な日本人街もありました。
その後、江戸幕府の鎖国政策により日本人の往来は途絶えてしまいましたが、今でも当時の日本人街の痕跡が残っています。
ホイアンは、港町として繁栄した頃の古い町並みがそのままに残されていることで、ユネスコの世界遺産に登録されています。
川沿いの港跡は、伝統的な雰囲気を残しながら観光地として整備されていて、静謐で、開放感のある、とても気持ちのよい空間となっています。
日本との交易が盛んだった頃は、琉球王国から交易船もホイアンに頻繁に訪れていたようです。
ホイアンからは、沖縄が見えます。2009年と今年2011年5月に、沖縄の久高島での合宿セミナー「沖縄編」を実施して以来、ベトナムのホイアンを訪ねてみることが課題でした。
沖縄の久高島出身の船乗りも、このホイアンの港に交易船を横付けしていたことでしょう。 ホイアンは、海のシルクロードの拠点として、日本と東南アジア → 南アジア → 西アジア → ヨーロッパを繋いでいた港町です。
当時の面影に触れると、心躍るものがあります。オリエンタル情緒満点のホイアンは、歩いて愉しい町です。 アジア好きのひとには、たまらない魅力でしょう。
今回の宿泊先は、このグループのゲストハウスでした。
→ Thanh Binh I Hotel
散策した範囲では、河に面した宿が良さそうです。例です。
→ Longlife Riverside Hotel
また、むかしの富商の家屋を改造してホテルにした ヒリテージ・ホテル(Heritage Hotel)がいくつかあるようです。
食事も、ベトナム料理には独自の魅力がありますね。タイ料理よりシンプルですが、タイのナンプラーと同じく魚醤のニョクマムを使いますので、親しみやすい味付けです。
また、ベトナムは旧フランス領であったこともあり、ベーカリーとカフェが充実しています。 フランスパン・クロワッサン・ケーキ類は本格派です。
ベトナム珈琲での休憩も楽しいですね。 町に独特な薫りがあります。このあたりは、高価なお香として重宝される沈香(じんこう)・伽羅(きゃら)の主要産地でもあり、その交易でも栄えました。
● ミーソン聖域
ホイアンも歴史と文化の凝縮した魅惑のスポットですが、今回のベトナム・フィールド・ワークの本命は、ホイアンから45キロ内陸にあるミーソン聖域を訪ねることでした。
ミーソン聖域は、中世にベトナム中部で900年間存続した、 ヒンドゥー教・大乗仏教のチャンパ王国(サンスクリット名 チャンパープラ / チャンパーナガラ)の遺跡です。
ミーソン聖域は、 (サンスクリット名シュリーシャーナバドレーシュヴァラ) チャンパ王国の主力宗教(ヒンドゥー教のシヴァ派)の聖域であり、 聖山マハーパルヴァタを望む谷間に展開しています。
かって中世には、東南アジアには、いくつものヒンドゥー・ 大乗仏教王国が存在しました。南タイのドヴァーラヴァティー王国、 カンボジアのクメール王国、インドネシアのシュリーヴィジャヤ王国 などが知られています。
ベトナムのチャンパ王国もそのひとつで、シュリーヴィジャヤ王国や クメール王国と覇権争いを繰り広げていました。
ある意味、当時の東南アジアは、今のインド共和国よりも インドであった、と言えるかも知れないですね。古代・中世のインド文明圏の一角を占めていました。
ミーソン聖域には、7世紀から13世紀にかけて建築された レンガ作りの遺跡が残っています。比較的小さいスポットです。
ベトナム戦争当時、ミーソンはベトコンの隠れ家にされたので、 アメリカの空爆で後に世界遺産に指定される遺跡群が、 かなり破壊され、今は少し残念な状態です。
しかし、900年間に渡ってチャンパの聖地として守られて来たミーソン渓谷は、自然の気が凝縮しているスポットです。 ちょうど、太極拳のグループが来てまして、気分が出たようで、 メンバーの皆さんが太極拳を舞ってました。 「気」の世界の人たちには、たまらない地勢なのでしょう。
チャンパの美術品については、ダナンにフランス時代に作られた博物館があります。 チャンパで独自に発展したヒンドゥー・大乗仏教の美術が研究・展示されています。
→ 「チャム彫刻博物館(Danang Museum of Cham Sculpture)」
遺跡のボリュームと壮大さでは、カンボジアのアンコールの比ではないですが、チャンパには、独自の煉瓦建築の技術が あったようです。
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チャンパ王国を築いたのは、 インドの叙事詩『マハー・バーラタ』で、パーンドゥ陣営側の武将の 「アシュワッターマン」の末裔、と言われています。
マハー・バーラタ戦争で敗北した側のアシュワッターマン一族が、 はるばるベトナムまで落ち延びて来たのでしょうか。 マハー・バーラタ戦争の戦場だったクル・クシェートラは、 今のデリーのやや北です。
マハー・バーラタ戦争の年代ですが、紀元前10世紀説があります。 『マハー・バーラタ』に記述がある星座の配置から試算された
ものです。
ヒンドゥー暦では、マハー・バーラタ戦争の終結時期から、 「カリ・ユガ(末世)」の時代に入った、とされています。
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その後、チャンパ系の王国は滅亡しました。今はその末裔のチャム族の人々が、少数民族として残っています。今のチャム族はほとんどがイスラム教徒です。
今のベトナムは、90%がベト族の人々です。文明圏としては、中国文明圏です。かってのベトナムは、インド文明圏と中国文明圏が接する最前線だったのですね。
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ヨーガやインドに興味を持つ方は、東南アジアの、かつてのヒンドゥー・大乗仏教圏について見聞を広めることが有利です。そのことで、日本人として、アジア人としてのわたしたちと、「インドの精神性」の伝統についての、多面的な考察を可能とするチャンネルが開かれます。知的にも、とても愉しいことです。
● 参考文献
アジアにおける「インドの精神性」の伝統のフィールドワークに出かけるときには、次の書籍を手引き書としています。 ビルマ、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、インドネシアが 広範囲にカバーされ、全体像を把握する良い手助けになります。
東南アジアの美術 [単行本] フィリップ ローソン (著)
永井 文/白川 厚子/レヌカーM (翻訳) 単行本: 421ページ
出版社: めこん (2004/03)
ISBN-10: 4839601720
ISBN-13: 978-4839601720
発売日: 2004/03
内容(「BOOK」データベースより)
本書では、西欧に蓄積された知識の系譜に沿って、1960年代の現地 ナショナリズムと西欧の野心の磁場であった「東南アジア」を美術フロンティア として指し示し、その美を鑑賞するロードマップが描かれている。
内容(「MARC」データベースより) 甘美な肉体美が壮麗にして豪華な表現を与えられ、歓喜と悦楽が豊かな 想像力と聡明なる叡智に支えられている東南アジア美術の独自の美しさを、 図や写真を豊富に用いて詳説する。インドシナからビルマ、ジャワとバリまでを網羅。
● アジアの精神性とヨーガ
「ヨーガをテーマにしたインド研究」はわたしたちのライフワークですが、 同時に、アジアの国々でのヨーガのプロモーション活動を通じた 「アジアの精神性の探究」もわたしたちのライフワークです。
このテーマは、1998年から、東南アジアの仏教国である タイの大学や財団で仕事をするようになった過程で、自然にやって来たものです。
ヨーガは、インドの伝統的なリソースに基づいた理論と技術を 一通り押さえますと、その先は精神性という文化現象へ進みます。
近現代的には、インドにルーツがありながらも、アジア全域に 伝播した仏教の精神文化への理解が重要になって来ます。
タイ・ミャンマー・ラオス・カンボジアの国々では、南伝仏教の 一派である上座部仏教(テーラヴァーダ仏教)が現在進行形の宗教文化を形成しています。
また、歴史的には、東南アジア文化の基底には、古代から中世に かけて興隆したヒンドゥー・大乗仏教文明があります。東南アジアの遺跡に見られる大乗仏教は、ヒンドゥー教と共にインドから直接伝播したもので、中国経由で日本に到達した北伝仏教の大乗仏教とは、かなり趣が異なります。
2007年に南インドのヴェーダーンタのアシュラムに滞在していたときに、インドネシアから届けられたばかりの木の浮き彫りを見たのです。ヒンドゥーの神々をモティーフとしたものですが、誰かよく解りませんでした。インドネシアのアジアン・ヒンドゥーですので、顔立ちもアジア顔なのです。
アシュラムの寺院のプージャーリーによると、それは、ダクシュナムルティーである、と。
この出来事が切っ掛けとなり、 インドと日本の中間に位置する東南アジアの国々には、 「インドの精神性」「アジアの精神性」についての考察を深める豊富な素材があることを悟りました。
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わたしたち日本人が、ヨーガに取り組んで行く過程で、 「アジアの精神性」の伝統に触れる機会を持つことは、新しい体験であり、たいへん有益な経験です。
特に、現在のインド共和国で直接眼に触れる宗教文化が、「インドの精神文化」の全てではない、ということを知るのは大切なステップです。
むしろ、インドを含めたアジア全域に展開したヒンドゥー・仏教の伝統を全体的に見ることで、インド起源の精神文化の本質への洞察が、さらに深まると考えられます。
そして、そのことで、自ずと、「日本の精神性」についても、多面的な観点からの理解と洞察が深まる、という構図です。また、何よりも、異国のさまざまな文化と歴史に親しんで行くことは、驚きに満ちた愉しい経験であり、自分のこころに豊かな栄養を補給して呉れるものですね。
● ヨーガと精神性....
インドの精神文化から派生したヨーガは、わたしたち人間を構成する「こころとからだ」という2つの実体を、直接、取り扱います。人間の「こころとからだ」があれば、ヨーガが成立します。
そのため、ヨーガ自体は、どの宗教伝統にも制約されない ニュートラルな活動と考えられます。 しかし、具体的に、近代になるまでヨーガはインドの ヒンドゥー教の宗教文化の枠組みで継承されて来たため、 ある段階から先になるとヒンドゥー教の精神性という問題が 出て来ることがあります。
しかし、現代インドのヒンドゥー教の精神性は、 現代日本人の日常感覚からは、かなり異質なものですし、 いくら興味を持っても、十分に消化出来ない部分があります。
むしろ、過度に異国の異教であるヒンドゥー教にのめり込む ことは、人間の「こころとからだ」という実体を取り扱うヨーガの本質への理解の妨げにもなります。 従って、どうしても、ある程度日本人向けのヨーガの最適化が必要になりますが、この問題は、「アジアの精神性」という広い枠組みへと視野を広げことで、自ずと解決するようです。
アジアには「仏教の精神性」が伝承されています。 そして、インドの伝統でも、「ヨーガ」と仏教は同じルーツから 派生したものですから、「ヨーガ」と「仏教の精神性」には 幅広い整合性があります。
特にタイの上座部仏教文化はヨーガと親和性が強く、 それが、タイでわたしたちがヨーガの活動で成功している理由 にもなっています。
わたしたちも最初は解らなかったのですが、 タイで仕事をするようになり、ある段階で、「伝統的ヨーガ」とタイの「仏教的精神性」がとても相性が良いことに気が付いたのです。
そして、それは、わたしたち日本人が「伝統的ヨーガ」を理解し、消化するためにも、非常にプラスに作用することも悟りました。 タイでの合宿セミナーに参加されたことのある方はよくご存じと 思いますが、タイの仏教文化の「精神性」は日本人のわたしたちにも、とても親しみやすいものです。
ですから、タイでヨーガの合宿セミナーを実施して行くことは、 ヨーガと仏教の精神性についての洞察を深めることにも、 とても有利に働いているようです。 そして、広大な「アジアの精神性」「インドの精神性」の 領域へと眼を向けて行く、最適なチャンネルにもなるようです。
(この項続く)
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2011年10月15日土曜日
【お知らせ】 2011年10月15日
今年10月から来年3月にかけての、「伝統的ヨーガの理論と技術」に関連したプログラムのお知らせです。
1)東京事務所10月30日(日)
2)ワンサニット秋合宿2011
3)ワンサニット2011
4)アンコール編2011
5)ロナウラ編2012
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1)東京事務所10月30日(日)
主題:ロナウラでヨーガを勉強すること・現地レポート
話者:児玉聡子さん(DYEd:2011-2012年度在籍中)
日時:2011年10月30日(日)午前10:00ー12:00
場所:ロナウラ・ヨーガ研究所・東京事務所
形式:現地報告会
対象:ロナウラでのヨーガ留学・ヨーガ研修に興味のある方
定員:15名+
費用:施設使用料+ドネーション
現在、ロナウラのカイヴァリヤダーマ研究所・付属カレッジの「ヨーガ教育ディプロマ・コース(DYEd)」に留学中の児玉聡子(あきこ)さんの、一時帰国期間中のプログラムです。
講師紹介:1ヶ月経過レポート
→ http://hhyoga.blogspot.com/2011/08/blog-post_28.html
カイヴァリヤダーマ研究所へのヨーガ留学(短期・長期)や、日本人対象の研修プログラムに参加予定のある方の出席をお勧めします。
また、以前ロナウラで勉強されたり、滞在されたことのある方には、ロナウラ情報をアップデートする良い機会になるでしょう。
興味のある方は、どうぞ、お問い合せ下さい。
カイヴァリヤダーマ研究所の近況については、PDF版のニューズレターがダウンロード出来ます。
→ http://kdham.com/monsoon2011.pdf
→ http://brochurez.s3.amazonaws.com/KdhamWorld-Winter-2011.pdf
今年度から、カイヴァリヤダーマ研究所では、新たに小中高一貫教育の学校が開校されています。
Kaivalya Vidya Niketan
→ http://www.kdhamschool.com/home.html
また、時代の要請に合わせた、ヨーガ教育のオン・ラインコースの開設も企画されています。
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2)ワンサニット秋合宿2011
→ https://sites.google.com/site/hhyoga/wongsanitaki2011
日程:2011年10月30日(日)-11月4日(金)の5泊6日
定員:10名前後
対象:ヨーガの初心者からベテラン・指導層まで
内容:南国タイでの「エコ・ホリデー・プログラム」
目的:伝統的ヨーガのベーシックを学ぶ
施設:アウトドアー派のエコロジー実験施設(冷房・温水シャワー無)
食事:菜食タイ料理
費用:必要経費シェアリング+ダーナ制
「ワンサニット秋合宿2011」は、まだ空席があります。
興味のある方は、どうぞ、お早めにご連絡下さい。
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3)ワンサニット2011
→ https://sites.google.com/site/hhyoga/wongsanit2011
日程:2011年11月27日(日)-12月7日(水)の10泊11日
定員:15名前後
対象:「伝統的ヨーガの理論と技術」のリピーターの方優先
内容:10日間100時間の「専門コース」
主題:伝統的ヨーガ・強化プロジェクト
目的:ヨーガをライフ・ワークとして続ける自信を提供
施設:アウトドアー派のエコロジー実験施設(冷房・温水シャワー無)
食事:菜食タイ料理
費用:必要経費シェアリング+ダーナ制
追加:12月7日よりピサヌロークの「ヴィパッサナー・コース」参加可
「ワンサニット2011」は、キャンセルが出たので、まだ空席があります。興味のある方は、どうぞ、ご連絡下さい。
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4)アンコール編2011
日程:2011年12月18日(日)から数日間
定員:少人数
対象:ヨーガやインドに興味のある方
内容:アジアで交錯するヒンドゥー文化と仏教文化への洞察
主題:ヨーガとアジアの精神性の探求
費用:実費分担
タイの隣国カンボジアの中世クメール帝国のアンコール遺跡群を探訪しながら、アジアで交錯するヒンドゥー文化と仏教文化への見聞を広め、アジアの精神文化への洞察を深めるプログラムです。
特に定員はありません。12月下旬は、アンコールも観光のピークシーズンとなりますので、早めに手配を始めたいと考えています。
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5)ロナウラ編2012
→ https://sites.google.com/site/hhyoga/lonavla2012-1
日程:2012年2月26日(日)ー3月11日(日)
期間:15日間+追加プログラム
定員:10名前後
対象:ビギナーからベテランまで(リピーターの方優先)
内容:HCC(ヘルス・ケア・センター)のプログラム+講義
講義:伝統的ヨーガ文献と近代的ヨーガ研究について
施設:カイヴァリヤダーマ研究所
食事:菜食インド料理(自然療法の食事法に準拠)
費用:必要経費シェアリング+ダーナ制
追加:
ロナウラのカルラー・バージャ石窟寺院探訪、文化都市プネー散策、世界遺産エローラ探訪、ウルリカンチャンの自然療法アシュラム滞在 etc.
「ロナウラ編2012」は、空席待ちでお受けしています。
興味のある方は、どうぞ、ご連絡下さい。
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2011年10月14日金曜日
バンコクの近況2011(2)
1)今年はオフィスから運河ボートで通勤
2)南タイのソンクラーでニダーさんと再会!
3)SWUコースの生徒さんとクロコダイル・ファームへ
4)SWUコースのクリヤー・キャンプ
5)ミャンマーの休日
相方ひでこ
☆☆☆☆☆
Sawasdee kha ! 皆さん、こんにちは。
バンコクの近況2011・8月9月編です。
Picasa上に「バンコクの近況2011」のアルバムがあります
→ https://picasaweb.google.com/hhyoga/2011BKK
今年のバンコクの「仕事期間」も前半が終わり、後半に向かうところです。これから、日本の方との合宿セミナーが3つあります。
8月・9月にも、日本から4名の方がバンコクに見えられ、楽しく、有意義な経験をされて行きました。その様子は、「アジアの精神性とヨーガ2011」のシリーズで掲載されています。
日本のみなさんが、より広い世界に行動範囲を広げられ、異なる国の文化や人々について知る努力をされることへの支援も、私たちの仕事期間中の活動です。
1)今年はオフィスから運河ボートで通勤
8月に続き9月も、日本は台風の接近・上陸で、被害を受けた所が多く出たようですが、みなさんの所は、無事に台風をやり過ごすことが出来ましたでしょうか。
台風の影響を受けられた方々には、心よりお見舞いを申し上げます。
台風が去った後は、一気に秋の気配が深まりますね!
毎日見ているiGoogle(ニュース)の気温のところで、東京の表示が今までずーと30度代だったのが、22度となっていたので、「アレ!何かの間違いかな??」と、しばし疑いの目で見ていました(笑)。
7・8月そして9月のお天気欄は、バンコクとプネーには曇りと傘マークばかりで、東京は太陽のお天気マークばかりでした。気温の数字も、東京がインドやタイに勝っていました!
例年バンコクの仕事期間中、ある期間、私たちはSWUコースのために大学のキャンパス内のゲストルームに入りますが、今年はラームカムヘーン通りのタイ・ヨーガ研究所(TYI)のオフィスから通勤しています。
バンコクの西部、新空港寄りのラームカムヘーン通りは、交通渋滞でも悪名が高く、もしバスで通勤するとしたら、渋滞状況を考え早めにオフィスを出なければなりません。
ヨーガ副専攻の学部生のクラスに出るときは午前・午後ですが、夕方からの社会人対象のヨーガ講座・SWUコースのクラスは午後5時半から8時です。
バンコクの主要な通りは、学校が終わる午後4時を過ぎると渋滞モードです。しかし、幸いなことに、うちのオフィスのあるラームカンヘーン地区はバンコクを横断するセンセーブ運河を走る運河ボートが使えるので、今回はほとんど運河ボートで大学に通っています。
オフィスで1日の仕事をして、午後4時10分頃にオフィスの前で、通りを往復しているソンテーオ(乗り合い車)に乗り、
表通りのラームカムヘーン通りへ、そこからさらに歩いて最寄りのボート乗り場、ワット・クラン船着き場へ。
4時半頃に、バンコクの中心部へ向う運河ボートはガラガラです。乗っている人が少ないし、途中の船着き場での乗り降りも少ないので、100人は乗れる運河ボートは、ビュンビュンとスピードを上げ、モーターボート状態です!
その代りに、運河の水しぶきも激しくかかるので、帽子をかぶり、下を向いて水しぶきを浴びないようにして、インターシップでバンコクに来たロナウラの後輩のC.A.さんと一緒に3人で大学に通いました。
センセーブ運河はスクンヴィット地区にあるSWUの真裏を通っており、裏門の目の前が船着き場です。
普通でしたら、運河ボートでの所要時間は25ー30分くらいですが、午後の時間帯は15分くらいで到着します。
人文学部は裏門から一番近いビルで、すぐ近くです。ビルの3階が哲学宗教学科で、ヨーガ研究室もその階にあります。ヨーガで使っている講義室は6階です。
もしバスで大学まで行くとしたら、冷房車に乗れて快適ですが、3時頃にはオフィスを出ないと渋滞にかかり、クラスに間に合わなくなってしまいます。いつも触れていることですが、大都会バンコクの大問題は、移動手段のやり繰りです。
徒歩、車、タクシー、ソンテーウ、バス、ボート、地下鉄、高架鉄道、最近開通した空港鉄道など、あらゆる交通手段を行き先と時間帯に合わせて、上手く組み合わせるのがバンコク式ですね!
2)南タイのソンクラーで、ニダーさんと再会!
8月19日(金)-21日(日)の週末2泊3日で、南タイのハジャイにあるソンクラー大学(PSU)看護学部への出張がありました。
昨年は、日帰りで博士課程の学生さんへの講義だけだったので、主人が1人で行きましたが、今年は2泊3日で実習指導も組まれていたので、私も同行することになりました。また、バンコク・インターンシップ中だった後輩のC.A.さんも同行することになり、日本人3人組での南タイ紀行となりました。
ソンクラー大学でのプログラムについては、すでにC.A.さんのフィードバックでも掲載されています。
→ http://hhyoga.blogspot.com/2011/10/20113.html
ここでは、大学のプログラム以外の出来事についてお話します。
○ オフ時間の外出
8月20日(土)はフリー・タイムがあったので、ハジャイの隣の港町ソンクラーに出かけることになりました。
私たちの案内役をしてくれたのは、ソンクラー大学看護学部博士課程在籍中のタパラットさん(女性)です。
昨年11月から4ヶ月間、インドにフィールドワークに来られ、プネーのプナー大学に2ヶ月間滞在した後、ロナウラのカイヴァリヤダーマ研究所の1月・2月の6週間コース(CCY)を受講されました。
タパラットさんは30代後半、現在ハジャイから80キロ離れた町の病院勤務ですが、博士課程を修了したらソンクラー大学のスタッフになるか、ハジャイ市内の病院に転勤する予定です。
ソンクラー大学の看護学部では、ヨーガは重点研究課題として、博士課程の学生さんには、ヨーガをテーマとした研究が推奨されています。
それで、タパラットさんも「ヨーガとライフスタイル」をテーマに、ヨーガ実習者のライフ・スタイルがどのように変化したかを、文化人類学的な手法で研究されています。
さて、朝、大学のゲストハウスに迎えに来てくれた彼女の車で、まず、前日に電話で連絡をしておいた、旧友のニダーさん(女性)のソンクラーの家を訪問することになりました。
○ ニダーさんについて
ニダーさん(ニダー・ティラクルさん)のことについて少しお話します。
私たちが、バンコクでヨーガ活動をするようになったのは1998年からですが、ニダーさんは、その最初期の生徒さんであり、当時の私たちのバンコクでの滞在先の世話をして呉れていたひとです。
ニダーさんは、バンコク空港近くのチェンワッタナー通りで、友人のゲイソンさん(女性)と小さい警備保障会社や、近くの教育大学の女子学生さんの女子寮・男子寮を運営されていました。
当時の私たちの活動は、シーロム通りにあるサンサエン・アルン財団でのヨーガ・セミナーから始まったのですが、そのひとつにお2人が参加されたのです。
そして、翌年の1999年からは、私たちに女子寮の1部屋と、会社のオフィスの机を使わせて呉れることになったのです。
当時はニダーさんもゲイソンさんも、寮に自分の部屋を持って管理人として住んでいました。社長はゲイソンさんの方で、やはり南タイ出身、太っ腹な方でした。
ただ、ゲイソンさんも1997年のタイのバブル崩壊と通貨危機の時に、株で大損をされたようです。そのショックからか、からだにも不調感があったようで、日曜日には、よく地方の有名な気功治療師のところに通われていました。
一方、ニダーさんには持病の甲状腺問題があり、手術もされていて、定期的に検査で病院に通っていました。バブル崩壊で、タイも経済が冷え込んでいた時期です。
さて、不景気で暇になったこともあり、サンサエン・アルン財団でのヨーガ・セミナーには、もともと健康問題があった会社の経営者や、失業中のビジネスマンといった人たちがヨーガに興味を持ち、よく参加されていたのです。
ニダーさんはヨーガが良く合ったようで、熱心に練習を続けた結果、見違えるように健康になられました。近所の人や友達の間で、「最近ニダーさんはずいぶん健康そうだが、どうしたのか」と、噂になったようです。
それで、知り合いの紹介で、ラームカンヘーン大学で週2回ヨーガのクラスを持つことにもなり、時々、私たちもニダーさんのクラスに登場していました。
○ 「パンニャーナンダ・ラーム」でヨーガ・クラス
また、その頃から、ニダーさんはよくお寺に通っていました。チェンワタナー通りの先にあるパクレットという町にある、高僧の「パンニャーナンダ・ビク」のお寺が、ニダーさんの行くお寺でした。
当時は、高僧パンニャーナンダ・ビクが、バンコク郊外のランジット地区に、新しい瞑想寺「ワット・パンニャーナンダラーム」を開くプロジェクトが始まった頃でした。
そのお寺をご存知の方も多いと思います!「ワンサニット・アシュラム」での合宿セミナーがあるの時に立ち寄るところです。高僧パンニャーナンダのもと、政府から認定された研修寺でもあり、いつも多くの研修グループで賑わっています。
ニダーさんは、「ワット・パンニャーナンダラーム」のプログラムにヨーガを紹介することにも尽力されました。よく私たちも、「お坊様にもヨーガを指導してほしい」と頼まれて、一緒に週末にお寺に泊まり込みで出かけて行ったものです。
その後、ニダーさんは土・日の週末にお寺に来る一般の人向けのヨーガ・クラスを定期的に続け、タイの瞑想寺でヨーガ・クラスを併設という、新しいトレンドの走りとなりました。
○ ニダーさんの引退準備
さて、その後、2002年にゲイソンさんは肝臓ガンで亡くなられました。
1年くらい前から、体調がかなり悪そうで、毎日のようにタイ古式マッサージを受けておられましたが、私たちがインドに帰っていたときに「亡くなった」という知らせを受けました。
そのため、会社の事業も縮小、女子寮は手放すことになり、私たちの滞在部屋も翌年の2003年から、女子寮から同じチェンワタナー通りの住宅地に買ってあったニダーさんとゲイソンさんの家に移りました。
長年の仕事パートナーを失ったこともあり、ニダーさんは身辺整理と引退準備を始められました。よく、深く考え込んでいる姿を見かけたものです。会社や家や愛車の年代物のフォルクス・ワーゲンを人に譲ることを考え、身軽になり、お寺に入り晩年を過ごす準備を始められたのです。
2005年には家が売りに出されて、ちょうど買い手の目処が付いた頃、現在TYIのオフィスになっているラームカンヘーン通りの家が購入されたので、2007年からは新オフィスが私たちのバンコクでの滞在先になりました。
事業を縮小した会社の方は、主にもう1人の同僚に任せ、家や会社からほぼ自由の身になったニダーさんは、お寺で過ごす時間が多くなり、郷里のソンクラーにもよく帰るようになりました。
「ワット・パンニャーナンダラーム」だけでなく、南タイにある有名な瞑想寺「スーワン・モッカ」にも長く滞在され、そこでもヨーガのクラスを担当されながら、仏道修行を深めて行かれました。
そして、私たちも新オフィスでの活動も軌道に乗って来ましたし、直接バンコクでニダーさん会う機会もなくなり、電話で年に1・2回話をするくらいになりました。
その後、7人兄弟の長女で独身であるニダーさんは、高齢になった郷里のお母さんの面倒を見ることになって、南タイのソンクラーに帰られました。
ニダーさんがソンクラーに帰った後も、ランジットの瞑想寺「ワット・パンニャーナンダラーム」のヨーガ・クラスは、うちのTYIのメンバーによって継続されています。
○ ソンクラーで再会
今回ハジャイの滞在中に、自由な時間が取れることになったので、それではと、ソンクラーのニダーさんに電話をして、ソンクラー大学に仕事で来ていることを伝え、ニダーさんの家を訪ねることにしたのです。
ハジャイからソンクラーまでは、30キロほどです。タパラットさんにニダーさんの家の住所を伝え、車が広い通りから小道に入った時に、ニダーさんに電話をしました。
ニダーさんは「OK、まっすぐに!」と言うので、前方を見ていると、女性が立っているのが見えました?いやー、女性というか、頭を丸めたメイチー(尼さん)になっているニダーさんを見ました!!
久しぶりに会いましたが、やはりニダーさんは、メイチーになられましたか!
お母さんの家の近くのお寺でメイチーになられたそうです(メイチーとは、こちらの仏教で女性の仏道修行者のことです)。
昔、チェンワタナー通りの女子寮に部屋をもらっていた頃、「私も55歳になるから、徳を積んで準備をしなければ...」とニダーさんが言われていたことを、良く憶えています。
86歳になるお母さんは痴呆の症状が出て来て、24時間誰かの付き添いが必要な状態です。本当は、ニダーさんは、余生はお寺で修行生活を送るつもりだったのですが、今はお母さんの介護があるので、家に居ながらお寺のような規則正しい生活を送っています。
健康状態はすこぶる良好で、もう定期検診で病院に行くことはなくなったそうです。庭では健康野菜やフルーツを作り、ヨーガと瞑想で規則正しい生活のリズムを維持し、ダンマ(ブッダの教え)の道を歩かれているニダーさんを、人生の先輩として、とても誇らしく思いました。
ニダーさんは、ヨーガを切っ掛けとして、見事に人生のステップを先に進められたケースですね!
○ タイの人たちの仏教的生き方
敬虔な仏教国のタイには、会社や仕事のことで一生懸命生きて来ても、ある時期からは自分の生き方を振り返り、人生の後半は熱心にダンマ(ブッダの教え)の道を歩き始める、という人たちがいます。
私たちの周りのTYIのスタッフにも、40歳前後で会社を退職し、SWUでヨーガ・コースを受講し、ヨーガ指導を始めながらも、定期的に瞑想寺や瞑想センターに入り、だんだん瞑想をしている時間が長くなって行く人が多いです。
つまり、ヨーガをステップとして、本来のタイ人らしい精神性の世界に、無理なく進んで行くケースです。このような生き方は、タイの人たちの仏教的人生観によるものなのでしょうね....
タイ人と私たち日本人は、似ているところも多いのですが、どこか根本的に違った発想や行動があり、それがとても興味深く、タイの人たちにヨーガを指導して行くことで、いつも良い影響を受けています。
と同時に、こちらで私たちのヨーガの活動が上手く行っているのも、タイの文化には、この様な仏教的精神性の基盤がしっかりと社会に根付いているからだろうと思うのです。
このような、同じアジア人のタイの人たちの精神性の深さに触れることは、日本でヨーガに興味のあるみなさんにも、とてもプラスな影響になると思われます。
どうぞ、ご都合の付く方はタイに来られて、こちらの瞑想センターで瞑想体験を積まれたり、ワンサニット・アシュラムでのヨーガ合宿にご参加下さい。歓迎いたします。
☆☆☆☆☆
さて、ニダーさんの家を出た後は、ソンクラー市内を探訪、海岸のレストランで美味しい地元の魚料理をいただきました。
食事の後は、マーメイドという人形の像がある所まで、3人でぶらぶらと裸足で海岸を歩いて、海の風を楽しみました。
タイは、どこに行っても美味しい食べ物が豊富ですね!
3)SWUコースの生徒さんとクロコダイル・ファーム(ワニ園)へ行く
9月2週目の日曜日の11日に、今年度のSWUコースの受講生さんに 車でバンコクの南部、サムットプラカンにあるクロコダイル・ファーム (ワニ園)へ連れて行って貰いました。
→ http://www.youtube.com/watch?v=tG2kpcjkab0&feature=mfu_in_order&list=UL
○ バンコク名物のワニ園
朝7時半にオフィスに迎えに来てもらい、出発。
途中道を間違えたりしましたが、8時半には目的地に到着しました。 まだ人もまばらで、9時からの「ワニのショー」もまだ始まらず、 園内のワニや他の動物・鳥を見て歩くことにしました。
話には聞いていましたが、いるいる、池の回りに這いつくばって、 じっとして動かないワニがごまんと!
よく洪水の時期に、池の水があふれ、ワニが逃げ出し、 近所の家の風呂場にいるのを見つけられて、警察や係りの人が 呼び出される!と言うニュースを耳にしますが、 起こりそうなことだな、と納得しました。
どうも、ワニはお腹さえ満足していれば、 無害で、おとなしい性格なのではないでしょうか?
ワニのショーの時でも、ジーっとしているのを無理やり 水から引っ張り出して、開いているワニの口に手や顔を入れて 見ているお客さんとハラハラさせます。
また、ワニ使いのお兄さんが、ワニと闘っているような 大げさ演技で、お客さんの喜びそうなことをして見せます。 どう見ても、ワニは迷惑そうです。
それにしても、「ワニの口は閉まらないのだ!」と、 解っていても、開いたワニの口の中に頭を顔を入れるのは、 あまり見たくなかったですね。
ここでも、観光客の多くは中国人で、ワニ使いのお兄さんも 少し中国語を話して、大いに受けていました。
うちのオフィスの近所の中級ホテルでも、連日中国人観光客を 満載した観光バスが横付けしています。同じアジア人ですが、 違いは一目で分ります。
どうやら、タイの観光客の主力は、すでに中国人に移行して いますね。バンコク空港にも中国人が溢れ、中国の空港の ようですよ。
○受講生のぺイさん
さて、クロコダイル・ファームの見学の後は、チャオプラヤー河が タイ湾に流れ込む河口近くのシーサイド・レストランで、海を眺めながらの昼食になりました。
バンコクのクロントーイ港の方から、貨物船が外国に向って 出て行くのを見ながら、タイ料理を楽しみました。
今日案内してくれたペイさん(女性)は、そのクロントーイ港の 税関に勤務されている税関職員さんです。40代前半で独身です。
今回のシーナカリンヴィロード大学のヨーガ・コースの受講には、 コース修了後に職場でヨーガ指導をする、という条件で、 職場からも全面的な支援を受けられています。
クラスのある日は早退が許され、早めに大学の講義室に来られています。 ペイさんは、ややふっくらした体形で、性格円満、いつもニコニコされています。タイではよくあるキャラクターです。
クラスにバナナやお菓子を持って来て呉れて、 「アーチャン(先生)にあげます」と、やたらと気前がよいのです。 これも、タイではよくあることです。
英語でのコミュニケーションはいまいちなので、ワニ園への 誘いを受けた時も、もう一人英語が出来る人が付いてくれれば いいかな、と思ったのですが、性格が良いと、だいたいの コミュニケーションでも何とかなります。
○ 「ワット・アショーカラーム」へ
昼食後は、お寺に行くことになりました。 やっぱり、お寺に行くのか、と納得。
クロコダイル・ファームから遠くないところ、同じくサムットプラカンに ある「ワット・アショーカラーム」というお寺でした。
このお寺は紀元前3世紀頃のインドのマウリア帝国の アショーカ王の由来があるそうですが、詳しくは解りません。
ランジットの「ワット・パンニャーナンダラーム」のように、 近代的設備が整った新しい作りの研修・瞑想寺で、町中にある お葬式のためのふつうのお寺(ワット・タマダーと言います)とは 雰囲気が違います。
私たちのよく知っている「ワット・パンニャーナンダーラーム」と 同じ空気がありました。
この「ワット・アショーカラーム」の歴代のお坊さん方は 瞑想修行に優れ、予知能力がある方もいるそうです。
一つの立派な建物に入ると、そこにはタイの歴代の高僧の 等身大の座像が置かれ、その前に、その高僧の遺骨の一部が 綺麗な宝石入れのような透明の容器に入って置かれていました。
なんと、高僧の博物館!なのです。 驚きました。そして、大いに納得しました。 このような施設があると、仏教の実践も、とても身近に感じられ ます。
仏道修行を続けて行けば、いつかは自分もこのような高僧方の ように「アラハン」と呼ばれる精神が自由な境地に届くのだ、という 「ブッダの教え(ダンマ)」が現実味を持って来ます。
先日亡くなられたマハーブア高僧の像や、タイを代表する 近代の高僧アーチャン・チャーや、その師僧だった アーチャン・マンの座像もありました。
何でも、高僧方の遺骨は、だんだんと色が変化して行って、 クリスタルのように輝いて行くことがある、のだそうです。 確かに、綺麗な容器に入れられて展示されているので、 遺骨とは思えません!
このように、高僧が亡くなられると、その遺骨は各地に分配され、 貴重品として扱われるようです。
ペイさんは、他の用事が無い限り、毎週日曜日にはこのお寺に 来て、法話を聞いたり、瞑想をされるとのこと。 そして、今のSWUコースが終わったら、このお寺でもヨーガの クラスを持つことも決まっているそうです。
○ ヨーガの役割
インドでも、タイでも、独身の女性はとても宗教熱心です。
特にタイでは、お寺の活動に参加しながら、社会奉仕活動にも 積極的に参加して行くことが多いです。
生き物の根本的な活動は、子孫を残すことですね。 人間も例外でなく、「結婚をして、子供を生み育てること」が 社会活動の根本にあります。
この枠に入らない人は、そのエネルギーを正しい方向に向けて 行かないと、こころやからだが病んで行くことがあります。
タイでは、積極的にダンマ(ブッダの教え)の枠に入ることで こころとからだのバンラスを取り、独身の人や子供のいない 夫婦の方も、実に幸せな人生を送っている人が多いように思います。
ただ、最近は、バンコクで都会暮らしをしている中産階級の人たちの生活意識では、いきなり伝統的なお寺で、保守的な仏教の教えの枠に入ることは、そう簡単には出来ないようになっていますね。
なので、まずヨーガに親しむことが、有効なアプローチになっています。 まず、ヨーガでからだと呼吸を整え、瞑想で徐々にこころの準備を 進めて行くことで、ダンマ(ブッダの教え)の枠組みに入り易くなることは、うちの回りのタイのメンバーの実績を見て、確信できます。
4)SWUコースのクリヤー・キャンプ
9月第3週の週末、16日(金)ー18日(日)の2泊3日で SWUコースの第2回目の合宿、クリヤー・キャンプがありました。
このレポートも、バンコクで2ヶ月のインターンシップを過ごされた C.A.さんのフィードバックでも掲載されています。
→ http://hhyoga.blogspot.com/2011/10/20113.html
○ 実習するクリヤーの技法
合宿の前の週のクラスでは、みんなでクリヤーの実習写真を 見たりして、受講生のみなさんは大いに期待が高まっていました。
クリヤー・キャンプで実習する技法は次のようなものです。
・ネーティ・ポットを使ったジャラ・ネーティ
・水を使うゲーランダ・サンヒターのカパーラヴァーティ
・フード・チューブ(病院で使うもの)を使ったスートラ・ネーティ
・嘔吐反射を豪快に使うボーマン・ダウウィ
・ろうそくを使った夜のトラータカ
大方のひとは、スートラ・ネーティで片方、または両鼻とも 通すことが出来で、大いに達成感に浸っておられました。
面白かったのは、 今年の受講生に麻酔医の女医さんがいるのですが、 どうもフード・チューブを見ると、職業意識が目覚めるのか(?) 皆の鼻にチューブを差し込む手助けをして回っていました(笑)。
ヴォーマン・ダウティの方も、最初から豪快に嘔吐反射を使って 飲んだ水を吐く人、吐こうと思ってもなかなか吐けない人と、 さまざまでしたが、2日目になると要領を心得てか、気持ちよく 反射を使って吐いていた人が多かったようです。
ハタ・ヨーガの技法は、身体の反射を上手に扱って行きます。 これは、練習して行かないと、なかなか分らないものです。
体内の反射のメカニズムが分って来て、それを自覚的に扱える ようになって来ると、健康の維持増進の観点からも、 効果絶大です。
生徒さんにダウティの体験をしてもらったので、 講義のクラスで、カイヴァリヤダーマ研究所のディプロマの学生 であったK.M.さんがモデルになっているビデオを皆んなで見ました。
→ http://www.ajamichael.info/movie
ヴォーマン・ダウティ、ダンダ・ダウティ、バストラ・ダウティの 3つのダウティのビデオを見ながら、一部体験済みの皆さんは、 怪訝な顔をしながらも、大いに面白がってビデオを見ていました。
中には、「この合宿で包帯を食べるのはやらないの?」 という人もいて、K.M.さんが簡単に、美味しそう(?)に包帯を 食べるビデオを見て、自分もやってみたくなったのでしょうか。 ビデオの効果あり!ですね。
○ 複合技の練習へ前進
クリヤーの実習の他、2回目の合宿では、大学のクラスでは 練習しない壁を使ったシルシ・アーサナや、クッションでサポートを 入れたサルヴァーンガ・アーサナやハラアーサナも紹介し、 無理してアーサナをやることは全く無意味!いかに安全に実習を 続けて行くか!ということが強調されました。
そして、アーサナにあまり比重を置かないこと、からだにこだわりすぎないこと、次の、プラーナーヤーマに進むことの大切さを、ハタ・プラディーピカーを引用しながら説明します。
ハタ・プラディーピカーの1章アーサナの章の終わりの部分と、 2章のプラーナーヤーマの章の始めは、とても大切なところです。
クラスでは、サンスクリット語の原典を読み解きながら、詳しく 解説されています。
プラーナーヤーマでは、この合宿からバストリカーの練習をスタート しました。 バストリカーの実習が入って来ると、その後の瞑想で 一段と集中度が増し、クラス全体の雰囲気が深まって行くのを 感じます。
センターの回りの自然環境と、合宿という条件の相乗効果もあり、 広いホールがし~んと静まりました。
それまでの12週間で学習して来た個別の技法の積み上げが、 複合技のバストリカーやマハー・ムドラーの練習に入ると生きて 来ます。
そうなると、ハタ・ヨーガの洗練された技法の意味が、 実感として判って来て、ますますヨーガの面白さが深まります!
5)ミャンマーの休日
SWUコースも順調に進み、2回目の合宿も終わったので、 私たちの役割は一段落しました。 これからは生徒さんたちのクラス実習も始まり、 うちのタイ・チームの役割の比重が増えます。
それで、9月の最後の週末、9月23日(金)ー26日(月)の 3泊4日で、タイのお隣のミャンマーのヤンゴン(旧ラングーン)に 出かけました。
Picasa上にミャンマー訪問のアルバムがあります
→ https://picasaweb.google.com/hhyoga/2011MYANMAR_Yangon
○ ミャンマーへの興味
24年前、私たちがヴィパッサナー(Vippasana)を始めた頃、 ビルマ(現ミャンマー)の僧院で伝承されて来た指導法で学んだ のです。
そのヴィパッサナーの指導法は、1980年代以降、インドでも たいへん広まって行きました。ビルマに生まれ、ビルマの先生に 指導を受けたインド人の先生が、インドで教え始めたからです。
すなわち、 「もともとインドのブッダの瞑想法であるヴィパッサナーが、 インドの外で現代にまで継承され、再びインドに還って来た」 という展開です。
それで、私たちも、当時インドのヨーガへの興味と平行して、 ビルマの仏教の教えや瞑想法に興味を持ったのです。
ビルマは日本にもなじみの深い国ですが、1962年の クーデター以降軍事独裁となり、事実上鎖国状態が続いて いましたし、1980年代後半の民主化運動・総選挙の動乱で、 さらに混迷した状況となりました。
1991年には国名もビルマからミャンマーに、 首都名もラングーンからヤンゴンへと変わりました (現首都はネビドー)。
観光旅行での入国でも、ビザ発給の条件が厳しかったり、 外国人は歓迎されていない状況が、長く続いて来ました。
その後、私たちはインドでのヨーガ研究が始まりましたし、 タイでの仕事が始まってからも、なかなかミャンマーを訪ねる機会はやって来なかったのです。
○ 念願のミャンマー訪問
しかし、長年停滞して来たミャンマー情勢も、近年ようやく進展が 見られ始めたようです。一応総選挙が行われ、今年の3月から、ようやく軍政から民政に政府が移行しました。
それで、今年は、ついに私たちもミャンマーを訪れることになったのです。バンコクからエアー・アジアが就航して、エコノミーに行きやすくなったことも動機ですね。
今回のミャンマー訪問は短期でしたので、ヤンゴンだけにしました。 ヤンゴンのシンボルであるシェラダゴン・パゴダの近くの ゲスト・ハウスに滞在し、シェラダゴン・パゴダ参拝や、国立博物館を 見学することに目的を絞りました。
シェラダゴン・パゴダはゲスト・ハウスから歩いて行ける距離にあり、 私たちの部屋からも、夜ライトアップしたパゴダが美しく見えました。 もちろん日中も、黄金に、ぴかぴかに輝いていました。
初日の23日(金)に、ヤンゴンに到着したのは午後6時過ぎです。 その日は予約しておいたゲスト・ハウスにチェックインしただけで 休みました。
○ シェダゴン・パゴダ参拝
翌朝24日(土)に、さっそくシェラダゴン・パゴダに参拝。 長い参道を歩いて、さらに階段を上って行くと、受付カウンターに 座っている人が近づいて来て、入場料1人5ドルを払うよう言われ ました。
入場料を払うと、胸にシールを貼って呉れ、境内に入れます。 シールにはマジックで日付が書いてあり、その日だけ有効。 入場料は外国人だけで、ミャンマーの人は無料のようでした。
女性はもちろん、ここでは男性の服装も、上はワイシャツですが、 下は布を巻く民俗服のロンジーを着ているので、ズボンを はいている私たちは、すぐ服装で外国人と分かります。
参道を登りきったところに中心のパゴダがあり、その周辺にも おびただし数のパゴダが建っています。全体の存在感に 圧倒されました。
シェラダゴン・パゴダは凄いとは聞いていましたが、実際に行って見て、 その規模と偉容に、たいへん驚きました! そして、土曜日でしたが、実に沢山の人々が参詣に訪れていました。
仏像の前で祈る人、仏像に水をかける人、そして仏像の横にある 個室で瞑想する人.... あるいは、広大な境内に数多く建てられているホールの オープン・スペースで休憩したり、お弁当を食べたり、昼寝したり... ミャンマーの人たちにとって、パゴダは祈りの場であり、 憩いの場となっている様子が面白かったです。
○ 国立博物館
その次の日25日(日)には、ヤンゴンの国立博物館を訪ねました。 観るもの全てが不思議で愉しく、見応えがありました。 駆け足で2時間半、あと2回くらい、余裕で見て回れるくらいのボリュームが展示してありました。
そして、博物館のお土産売り場がなかなか充実していました、と言うより、街中にお土産を売っているお店などを、全く見なかったせいもありますが。
国立博物館で、ミャンマーには沢山の民族の人がいることがよく解りました。主要な8部族間を治めることが、統一ミャンマーを維持する大きな障害となっているようです。
そういえば、8月にワンサニット・アシュラムに滞在していた時、 丁度アジア人のNGOグループのセミナーがあったのですが、 セミナーが終わって話しかけて来た人に、どこの国ですか?と尋ねたところ、「クチン」という名前が返って来ました。
私たちは、ワンサニットのスタッフから 「インド、ミャンマー、などの国の人たちのセミナー」と聞いていたので、 「ミャンマーですか?」と聞きなおしても、「クチン」としか 彼は言いませんでした。(正式にはカチン族のようですが、私にはクチンと聞こえました)。
どうやら、今でもカチン独立運動や、カレン民族開放軍といった組織があるようで、民族間の問題は根が深いようです。
一方では、最近、ミャンマーの社会状況が変化を見せ始めていますね。良いニュースを聞くようになりました。
9月30日には、ミャンマー国会が巨大ダムの建設工事の中断を決めた、というニュースが入って来ました。
このダムは、中国人による、中国の電源確保のためのダムで、 ミャンマーに環境破壊の犠牲を押しつけるものとして、反対の声が大きかったのです。
このダム建設中断の決議は、国会を通じた民意の結集として、今後の大きな政策転換への象徴的できごとになることが予想されています。
早く、開かれたミャンマー、平和で繁栄のミャンマーとなることを祈ります。
○ 偶然ヴィパッサナー・センターへ、
さて、まったくの偶然だったのですが、今回泊まったゲストハウスから歩いて10分ほどのところ、大通りから入る次の通りの奥に、なんと「ヴィパッサナー・センター:Dhanma・Joti」があったのです。
これは、私たちも実践している指導法のヴィパッサナーの、 インド人のS.N.ゴーエンカ先生系の瞑想センターなのです。
そして、入り口の受付けには、ゴーエンカ先生の先生、ミャンマー人のサヤジ・ウ・バキン先生の大きな肖像画が掛けられていました。
このセンターは、古くて大きなお寺の敷地の一部に建てられているようです。小さな橋を渡って、ヴィパッサナー・センターのキャンパス内に入ります。
周辺は、まったく普通の住宅地です、というか、村です。小さな露天のマーケットが立っています。インドの村のようです。センターのオフィスまで行ってみると、上品そうな年配の男性が出てらして、しばらくお話をしました。
今センターでは、10日間コースが進行中で、この後、45日間コースが始まるとのこと。その方は30日間コースを2回修了したので、今回始めて さらに長いコースに参加する、ということを嬉しそうに話されていました。
やはり、ミャンマーでも、ゴーエンカ先生のヴィパッサナーをされているのは、中産階級でインテリの方だな、と納得した次第です。
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