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2010年5月16日日曜日

プネーの近況2010年(3)

ナマステ!
こんにちは、皆さんいかがお過ごしですか?

今年の日本の春は、
寒暖の差が激しい気候に見舞われたようですが、皆様それぞれに桜の花の風情を楽しまれたことと思います。

こちらにも日本から花のお便りを頂きました。ゴールデン・ウィークは良いお天気に恵まれたようですね。  

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(リシケーシュのガンジス河にて)


1)プネーは夏本番

プネーは今夏本番、
4月から5月上旬が一年で一番暑い時期です。連日40度前後と、もうPCの動きも、わたしの頭もスロー回転で、あまり複雑なことは考えられなくなっています。

わたしたちの部屋は4階建てビルの最上階にあるので、日中は窓を閉め、外の熱風を入れないようにし、カーテンとグリーンのネットで部屋を暗くし、日差しを遮断して、
天井の扇風機をがんがん回しています。

日が沈むと、インドは乾燥した気候なので、夜、外は涼しい風が吹き、気温が20度くらいまで下がります。しかし、部屋の中は昼間の熱気が籠もっているので、なかなか涼しくなりません、が、わが家には、幸運にも部屋数は少ない代わりにテラスがあるので、
この時期はテラスに寝るのが習慣となっています。

夕方、テラスに水を流してきれいにして、夜布団を敷き、蚊帳をはって、足元には毛布も用意して、明け方の冷気に備えます。外は本当に自然のクーラーとなって、
朝は爽やかに目が覚めます!毛布を被らないと寒いくらいです。

5月に入ってからは、風が吹く日が多くなり、しだいに雲も多くなって、モンスーン(雨季)前の夕立(プレ・モンスーン)が来るのが待ち遠しくなってきます。


●ロナウラで夏期6週間コース(CCY)進行中

さて、ロナウラの「カイヴァリヤダーマ研究所」の方には、5月・6月の6週間コース(CCY)に、日本から2名の男性が参加されます。この時期はインドの夏休みにあたり、コースの参加者が1・2月の6週間コースよりも大幅に増えます。学生さんが多く、賑やかです。
参加者は70名少々、外国人は10名程度です。

前回1・2月の6週間コースには日本から3名の女性が参加され、無事に終了試験も通過、
それぞれに「YOGA」について納得されて帰国されました。

夏のコースは、初めは暑いですが、プレ・モンスーンの夕立が来ると気温も下がり始め、過しやすくなって行きます。
お二人の健闘をお祈りいたします。


2)3月-4月の北インド研究旅行

毎年、3月から4月にかけて、北インドや南インドへ研究旅行に出かけることになっています。
この時期は、インドでのフィールド・ワークの時期です。

一昨年・昨年に続いて、今年も北インドのリシケーシュに行き、「ヴェーダーンタ」の
「ダヤーナンダ・アシュラム」に4週間滞在しました。

プネーを出発したのは3月19日(金)です。プネー空港からデリー空港まで、午前中の便で約2時間。まず、デリーに着いたとき、
3月半ばというのに「ずいぶんと暑いな!」と感じました。

例年、ムンバイやプネーに比べて、北インドの夏は1ヶ月は遅く、本格的な暑さは5月からとなります。デリーから、さらに300キロほど北のハリドワールに鉄道で移動、特急で約4時間半、そしてハリドワールからリシケーシュには
「アシュラム」に頼んだ迎えの車で約40分です。

さすがにリシケーシュはまだまだ涼しく、インドの聖地で、研究と避暑を兼ねた快適な日々でした
(4月10日頃からは日中は熱風となって来ましたが)。


「ウパデーシャ・サーハスリー」

さて、わたしたちは、良く解らないものでも、けっこう楽しめる能力を持っています。
能や狂言、歌舞伎と言った伝統芸能は、その最たるものですね。

インドの伝統哲学も、生きた「古典芸能」と考えると解りやすいと思います。意味が全部分かるわけではないけど、十分面白く楽しめるし、
古典は、何度鑑賞しても、飽きないです。

例年リシケーシュの「ダヤーナンダ・アシュラム」では、2月-4月の春の期間に、「スワーミー・ダヤーナンダ」先生の
直接指導による「ヴェーダーンタ」の講義があります。

今回わたしたちが指導を受けたテキストは、「ウパデーシャ・サーハスリー」というもので、15日間のプログラムでした。本書は日本語訳が岩波文庫に前田専學先生訳で納められています。が、日本語訳を読んだだけでは、
なかなか理解するのは難解な内容です。

しかし、8世紀のインド哲学の巨人「シャンカラーチャーリア」の代表的な著作で、「絶対真作」とされている「アドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論)」の傑作!なのです。

言ってみれば、大学院で哲学の専門家が扱うようなハードで退屈な?主題なのですが、現代インドの生きた哲学伝統の大家・名人である「ダヤーナンダ」先生が扱うと別物になります。独特の魅力ある講義に、100名以上の受講生は1時間半の
クラスに集中して耳を傾けてしまいます。

4年前、やはり、リシケーシュのアシュラムで、同じく「シャンカラーチャーリア」の代表作である「ブラフマ・スートラ註釈」の講義をダヤーナンダ先生から受けましたが(これも重要な文献で日本語訳があります)、
その時も100名以上の受講生が熱心に耳を傾けました。

やはり、古典というのは、扱う先生の力量次第ですね。


「ナーダスワラム」の楽隊 
 
さて、リシケーシュという場所柄、「アシュラム」には色々な人たちが出入りします。今回のコース中も、何組ものゲストが見え、わたしたちを
楽しませてくれました。

特に今回のハイライトは、南インドの小さな村から列車で2日半かけて、はるばるリシケーシュまでやって来た、5人の楽隊さんです。それは、「ナーダスワラム」という吹奏楽器の楽隊で「ナーダスワラム」が2本、太鼓が2つ、そして金属の鐘1つの5人組構成です。

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「YouTube」に動画が上げてあります。

http://youtu.be/_s_RScuLXB4


「ナーダスワラム」は南インドの伝統楽器で、普段はお祭りや結婚式のお祝いの時の景気付けに、その場を盛り上げる為に演奏されるそうです。

初めての演奏は、室内の講義室の中で行われたものですから、その物凄い大音響に驚きました!!ともかく、音が大きいのです。

その後は2回ほど、夕方屋外で「ナーダスワラム楽団」の演奏がありました。それにしても物凄い笛の音と、太鼓も指先につめのような物をはめて叩くので、普通よりも「カンカン」と大きな音が出ます。初めは、ただただ大きな音に驚いて聞いていましたが、楽しげなメロディーのある曲や、みんなが知っている曲を
演奏してくれたりして、南インド風の陽気なリズムを楽しみました。

わたしたちは、どちらかといえば、インド伝統音楽は北の「ヒンドゥスタニー音楽」よりも、南の「カーナティック音楽」の方が好きです。プネーでも「カーナティック音楽会」のメンバーに入っていて、
定期的にコンサートを聴きに行っています。

南インド音楽は、ボーカルを中心に、リズムがとても明るく「陽」なのが特徴でしょうか!北インド音楽はどちらかと言えば、
「陰」で、高尚な雰囲気ですね。

後で「Wikipedia」で調べたのですが、この「ナーダスワラム」は、なんでも世界で一番大きな音を出す楽器、うるさい楽器、と紹介されていました。
室内で聞いたら、うるさい筈ですよね!(笑)


「アシュラム」の通常クラス

「ダヤーナンダ」先生のコースは4月3日に終わりました。 そうすると、アシュラムはふつうのスケジュールに戻ります。アシュラムでは、専属のスワーミーによる常設のクラスが開講
されています。

・カタ・ウパニシャド
・バカヴァット・ギーター
・サンスクリット語文法
・ギーター・チャンティング(読誦)

わたしたちは若手の「スワーミー・グハートマーナンダ」の担当する「バガヴァット・ギーター」のクラスとチャンティング(読誦)に出席することにしました。「グハートマーナンダ・ジ」は4年前、リシケーシュの「アシュラム」での長期コース(3年)を卒業して、
最近「サニヤーシン」となり、オレンジの衣になったスワーミーです。

「アシュラム」に住んでいる修行者(サーダカと言います)には
次の4タイプあります。

①普通の服を着ている人.....................ふつうのサーダカ
②白い衣・伝統服を着ている人.............ブラフマチャリー
③ピンクの衣・伝統服を着ている人........チャイタニア
④オレンジの衣・伝統服を着ている人.....サニヤーシン

「スワーミー」というのは④のタイプです。正式に出家したヒンドゥー教の出家修行僧です。①の白い衣は「ブランマチャリー」で見習い候補生・学生です。その次の②のピンクの衣の「チャイタニア」になると、準出家者で、回りも「いずれ宗教家になるひと」として扱います。

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「グハートマナンダ・ジ」は「ブラフマチャリー」の修行時代から知っているので、親しみを感じていましたが、
やはりオレンジの衣(出家僧が着る)を着てスワーミーとなると、私たちとは一線が引かれ、風格が出てきたのを感じました。
やはりオレンジの衣の驚異!でしょうか?


3)ハリドワールの「クンバ・メーラ」

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さて、今年は3年ごとにインドの4箇所を巡回して開催される「クンバ・メーラ」の大祭が、リシケーシュの下流のハリドワールで行われた年でした。それで、わたしたちも、12年振りにハリドワールで開催されることになる「クンバ・メーラ」を見物に行くことにしました。わたしたちも、「クンバ・メーラ」がどのよう行われているのか、興味津々でした。

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サイトもいろいろあります。
http://www.zeenews.com/KumbhMela2010/
http://www.kumbhmela2010.com/


「クンバ・メーラ」の行われる4箇所は、次の聖地です。

・ウッタルカンド州のハリドワール
・ウッタルプラデーシュ州のアラハバード
・マッディヤ・プラデーシュ州のウジャイン
・マハーラーシュトラ州のナージック

この4箇所は、むかしむかし、不老不死の妙薬(アムルタ)の入った壺(クンバ)を神々の連合軍と阿修羅・夜叉の連合軍が奪い合ったときに、壺からアムルタが4滴地上に落ちた
地点です。

それが、その後、ヒンドゥーの聖地となり、3年おきに巡回して、「クンバ・メーラ」が開催されることになったのです。
今年は1月の中旬から4月末までの3ヶ月半に渡って「クンバメーラ」が北インドのハリドワールで行われています。

とにかくサドゥーが、インド全土から大量に集結する!と聞いていたので、もう、とても興味がありました。今までは写真や映像を見ただけですが、それでも迫力満点、
実際の現場はどうなっているのか?


行きは列車で

さて、期間中は、交通規制がありますので、道路事情は不確定。それで、鉄道で行くことにしました、ハリドワールからリシケーシュまで単線の支線が伸びています。
各駅電車に乗って、出かけることにしました。

電車の運賃は1人4ルピー(9円)、朝8時10分発の列車は、予定ではハリドワール駅に9時に到着でしたが途中の駅で止まることが多く、結局着いたのは10時でした。インドではよくあることで、線路が単線なので、各駅停車の列車は急行列車の為に線路を譲りながら走るので、
駅で通過待ちの停車をしていることが多いのです。

このことは、予測はしていたので、驚きませんでした。リシケーシュからハリドワールまで2時間掛かりましたが、動いていたのが30分、泊まっていたのが1時間半でした。車両の中は人も少なく(やっぱり道路を使う人が多いいです)、
風が通って、涼しくて快適でした。

ようやくハリドワール駅に着き、駅の食堂でチャイを飲んでひと休み!それから、気合いを入れて、ガンジス河の方へ歩き始めました。駅前の通りは、車、オート・リキシャ、人力・リキシャー、タンガーという馬車の乗り物、そして、人、人でごった返して
いました。

3ヶ月以上の期間中でも、特に、新月や満月の縁起の良い日に、ガンジス河で沐浴する為にインド中から人々がどっと集まります。インドのヒンドゥーの人にとって、ガンジス川で沐浴すること自体、
たいへん意味のあることです。

それが、「クンバ・メーラー」で縁起の良い日となると、もう、それは、それはみんな大真剣です!一気に、今までに貯まりに貯まった自分の「パーパ(不徳)」をガンジス河に洗い流し、反対に、「プンニャ(徳)」を高め、これから先の幸運と幸福を呼び込もうと、意欲満点です!
特に「縁起の良い日」の沐浴は、ボーナス・ポイントが高いようですね。

わたしたちがハリドワールに行ったのは普通の日でしたので、それほど混雑していませんでしたが、それでも、ガンジス河の沐浴場では、インドの各方面から来た人たちが沐浴したり、座ってなにやらお祈りごと?をしていました。


「サードゥー」のテーマ・パーク

それから、観光案内の地図にあった「エキジビション」というスポットに行って見ました。歩いている人の流に入ってしばらく行くと、ありました!
沢山のテントが並んでいるのが見えました。

わたしたちはそちらの方向に向かい、門をくぐり、両側にテントの並ぶ真ん中の道を歩くことにしました。すると、なんと、映像でしか見たことがないサドゥーの本物が、テントの中にうじゃうじゃ居るではありませんか!!

全身に灰を塗ったサドゥー、クンダ(儀式の火を焚く炉)の前に座るサドゥー、上半身をブランコで支えて片足で立っているサドゥー、片手を挙げたままのサドゥー、etc、、、、

わたしたちが合宿セミナーで、教材として使っているビデオに出て来るサドゥーが沢山でした。なるほど、「クンバ・メーラー」中は、サドゥーは1箇所に集めて、訪問者がまとめてサドゥーを見れるようにしてあるのですね。
まさしく、「サドゥーのテーマパーク」でした!


「グル」の見本市

さて、サドゥーのテーマ・パークである「エキジビション」会場を
抜けて、再び大通りを歩きました。

ともかく、やたらと目に付くのは、大きな垂れ幕の広告です。「商品」はもちろん「グル」といわれる人たちと、その教団です。だいたいハリドワールの街中に、教祖さんたちの写真が、所狭しと掛かっていました(だいたいが、見てもあまり気持ちよくないような顔ですね.....)。なるほど、「クンバ・メーラー」はサドゥーのテーマ・パークであり、
「グル(教祖)」の見本市でもあるのですね。

驚いたのは、なんと、その中に日本人の「グル」の写真もあったのです(女性です)。名前も日本名で紹介されていました。結構、沢山貼られていました。そうですよね、こういう宣伝は資金力次第ですから。日本の信者さんたちから集めたお金が沢山(無駄)に使われて
いるに違いない!と思いました。

ある意味、ヒンドゥー教は、ほんとうにこわい宗教です。ガンジス河の急流のように、なんでも飲み込んでしまいます。
日常と狂気が、平気で、ふつうに共存していますね。

そういった、ヒンドゥー教のこわい側面を知らずに、ウブな日本の人がヒンドゥー教にあこがれや幻想を持つのは、実は、とてもきけんなことに思えます。ヒンドゥー教には、インドに住むヒンドゥーの人たちにしか
わからない部分が多分にあります。

わたしたちが漠然と親しんでいる仏教とは、かなり違うものです。 実際に「クンバ・メーラ」の現場に立ち会ってみると、ヒンドゥー教は、わたしたち日本人にとっては、インドという遠い異国の異教なのだ、
ということを改めて実感させられます。 ある距離感を保って見ることが肝心に思えますね!


帰りは乗り合いで

さて、まだハリドワールに来て2時間ほどでしたが、もうお腹いっぱい!に感じたので、早々にリシケーシュに帰ることにしました。バス・スタンドからバスで帰ろうと思って歩いていたのですが、結局通りがかった6人乗りの大型リキシャーでリシケーシュまで
帰ることにしました。

料金は1人50ルピー(110円)で平時より高めでしたが、もう十分満喫したので、乗って帰れるのなら何でもOK、
その乗り合いリシシャーに乗り込みました。

タンタンと軽快なエンジン音を響かせながら道路を走ってリシケーシュのマーケットまで約1時間、そこから歩いて
滞在先の「ダヤーナンダ・アシュラム」まで帰り着きました。

実質2時間余りの「クンバ・メーラ」体験でしたが、後でアシュラムから「クンバ・メーラ」に行った人たちに様子を聞くと、皆さん1-2時間程度で、すぐに帰って来たみたいでした。
やはり、静かな「アシュラム」にいたほうが、平和ですから。

「なぜ、インドにはアシュラムという場所があるのか?」というのは、外のインドのふつうの世間から「アシュラム」に帰ってると実感します。ふつうの世間に隣接して、別世界・別天地を作っておいて、定期的に、静寂と平和な環境に浸れるようにしておかないと、
ほんとうに、自分自身の身心を「正常」に保てないですね!


4)プネーへの帰途


4月15日早朝5時すぎに「ダヤーナンダ・アシュラム」を車で出発、
デリー空港に向かい、午後の飛行機でプネーに戻ってきました。と、簡単に書きますが、インドでこの長い長い距離を移動するのに何もハプニングが無いわけはありません!

特に大きな事件ではなかったのですが、やはり、困ったことは起きました。何か起きるものです。


移動中の出来事

リシケーシュからデリーへの移動には車を雇ったのです。鉄道の方が移動時間が短くて済むのですが、前日の4月14日が新月で、ハリドワールの「クンバ・メーラ」の縁起日で人が殺到、前後数日は鉄道の予約は一杯だったのです。

道路も「クンバ・メーラ」中はハリドワールを迂回する遠回りのルートになります。ふつうならリシケーシュからデリーまで6-7時間ですが、今回は9時間掛かりました。

さて、その9時間のドライブ中、2回目の休憩でドライバーが急にタイヤを外し始めたのです。で、「どうしたのかな?」と聞くと、「パンクをした!」と。それで、外したタイヤを道路の向かいにあった修理屋へゴロゴロと転がして行きました。

気温40度の炎天下の道路端で待つことしばらく、ドライバーは直したタイヤを転がしながら戻って来て、車に取り付けて、無事、走り出しました。やれやれ。

また、当初、ドライバーの考えでは、もっと早く空港に到着する、と計算していたようです、が、デリー市内に近づくに従って道路の渋滞が激しくなり、結局、わたしたちが想定していた午後2時ピッタシにデリー空港に到着。わたしたちは、「午後4時便のチェックイン・タイム2時までに着けばいいや」、とインド感覚でアバウトに想定しています。やはり、そうなりました。


空港での出来事

ムンバイ空港やプネー空港と同じく、最近すっかりきれいになったデリーの国内線ターミナル。搭乗手続きを済ませ、待合いエリアのカフェテリアで昼食、出発までの時間を過しました。

今回も航空会社は新興勢力の「キング・フィッシャー」です。「UBグループ」という酒屋さんが始めた航空会社です(日本で言えば、サントリーが航空会社を始めたようなものです)。

レッドカラーのミニ・スカートの制服を着た、目が大きくて鼻筋がスーと通った、きれいなスッチーさんたちの密着サービスがあります。機内誌は、なんと芸能雑誌!映画スターのゴシップ満載。インドの国内線は、航空会社によってスチュワーデスさんの顔立ちが異なるのです!会社の方針があるのでしょう。皆さんもインドに来られた時はその特徴、違いを感じると思いますよ!

さて、ほぼ定刻で搭乗となり、飛行機に乗り込みました。この時期、学校が休みに入るので、客席はほぼ満席でした。タラップがはずされ、飛行機のドアが閉まり、離陸のため滑走路へ向かおうとしている時でした。次のアクシデントがありました。

突然アナウンスがあり、何でも乗客の1人が気分が悪いのでこれから飛行機を降りてもらう、それから、離陸手続きをやり直す、と言う説明でした。いまさら乗り込んだ乗客が降りる、ということは、預けた荷物を見つけ出したり、セキュリティの再チェックもあるので、そう簡単には飛び立てないのでは?と思いました。

すぐに1人の女性が前の出口に向かって通路を歩いて行きました。先ほどスッチーさんと話していた女性です。さて、どうなることやら。再離陸の許可を管制塔から待っている間、通路をいらいら歩く人もいましたが、大方の人は席に着いたまま、落ち着いた対応でした。

わたしたちもプネー空港に出迎えのリキシャーを頼んでいたので、うちの大家のゴレさんに電話をして、到着が遅れることをリキシャーのドライバーに伝えて貰いました。

それでも、約1時間後に、無事に離陸することが出来ました。プネー空港へ1時間遅れの、午後7時に到着しました。プネー空港に降り立つと、空気と風が変わり、ほっと安心しますね。長旅から自宅に帰って来た気分です。


5)アーユルヴェーダの体験研修

4月15日(木)にリシケーシュから戻り、その3日後の18日(日)から、ロナウラの「カイヴァリヤダーマ研究所」へ1週間の「パンチャ・カルマ」を受けに行きました。リシケーシュから帰って来ると、すでにプネーは41度!と、大猛暑となっていました。はやく逃げ出さないと.....

車でプネーからロナウラまで1時間弱、お昼前に着きましたが、やはり「避暑地」と言われるだけのことはあって、ロナウラは涼しい!と感じました。


「カイヴァリヤダーマ」で「アーユルヴェーダ」

いつもは「カイヴァリヤダーマ研究所」は研究や仕事の関係で行くところですが、「アーユルヴェーダ」で滞在するのは初めてです。

わたしたちの、プネーのホーム・ドクターである、アーユルヴェーダ医のジャガデーシュ先生が、3年前に「カイヴァリヤダーマ」で新しく始まったアーユルベーダ部門を担当されています。それで、今回はプネーのクリニックの方でなく、ロナウラで「アーユルヴェーダ」をすることにしたのです。
http://www.kdham.com/yhc_ayur.html


「アーユルヴェーダ」の基本にあるのは、「パンチャ・カルマ」という伝統的な治療法です。

わたしたちが「アーユルヴェーダ」の勉強を始めた10年前も、3週間の「パンチャ・カルマ」から始まりました。また、2005年にも、プネーで短めの「パンチャ・カルマ」を受けて、体調を整えました。

昨年から、「そろそろパンチャ・カルマで浄化の時期」と薦められていましたし、わたしたちもそろそろ時期か、と思っていたので、思い切って「カイヴァリヤダーマ」に滞在してやることにしました。

ちょうど「カイヴァリヤダーマ」は1年間のディプロマ・コースが終わり、キャンパス内は残っている学生がちらほらいるだけで、とても静かでした。スタッフも、この時期休暇を取ります。

さて、わたしたちの1週間のプログラムは、次の3つの準備期のトリートメントで始まりました。

①アビヤンガ.......オイルで全身をマッサージ(手を使って)
②ポタリ.................薬草入りの布ボールに温めたオイルを浸し全身をこする
③シローダーラ...額から頭全体に温めたオイルを垂らす

まず①と③、または②と③を午前と午後の3日間続けます。

この期間中、昼食の時にオイル(ギー)をカップ一杯くらい飲みます。4日目の午前中に全身浄化の技法の「パンチャ・カルマ」。

今回は「ビレーチャナ(ハーブの薬を飲んで下痢を誘発)」でした。その日は完全に休養。午後まで15回くらいトイレに行きました。その後の2日間は回復期の「ラサ・ヤナ」として、①アビヤンガまたは、②ポタリと下記の④⑤⑥のうち2つを組み合わせたトリートメントをします。

④カルナ・バスティ.......耳にオイルをいれる
⑤ネートラ・バスティ....目の中にオイルを入れる
⑥ナーシィア...................鼻にオイル入れる

⑤⑥は、目と鼻にオイルを入れたあと、薬の煙で燻します。

ともかく、「アーユルヴェーダ」はオイルを多量に使います。オイル責めの治療法!ですね。わたしたちは日常にも「アーユルヴェーダ」的な手法も取り入れているので、今回も「パンチャ・カルマ」は1週間と短めに納まっています。

また、長年のインド生活で、インド式の「アーユルヴェーダ」に良く反応する体質になっているようです。プネーに戻っても、まだ浄化のプロセスが継続している!という感覚が2週間くらい続きます。それで、うちに帰ってからも、当分安静にして、食事や行動にも、良く良く気をつけています。


アーユルヴェーダの講義

さて、面白いのは、ジャガデーシュ先生のお話、講義です。

ジャガディーシュ先生はニュー・ジェネレーション(新世代)のアーユルヴェーダ医です。世襲の「家業」としてアーユルヴェーダ医になったのではなく、自分の興味で「アーユルヴェーダ」の医科大学に進学し、キャリアーとしてアーユルヴェーダ医になることを選んだ世代です。

そういう背景もあって、よく勉強していますし、「アーユルヴェーダ」の理論や実践を説明することに長けています。

今回も初めに、「パンチャ・カルマ」を実行中の心構えを説明て下さいました。

○ 目的・効果の再確認

① より注意深く、より活動的に、よりからだの感覚に忠実に
② 細胞レベルでの若返り
③ 経験を通して、正しい理解をもたらし、より精神的に成熟して行く
④ 現実をよく認識し、忍耐力をもった行動
⑤ 自分の周りに起こることを、客観的に、物事を良く見る

考えをポジティブにして、「パンチャ・カルマ」期間中を過ごすように!というアドバイスです。

また、本格的なレクチャーが、昼食後と午後のトリートメントの間にありました。実は、この時間はとても眠くなるのですが、「横になって、寝てはいけない!」と注意されているので、眠気を抑えての、講義でした。

ジャガデーシュ先生も考えたのでしょう、今回は「ヨーガ」と「アーユルヴェーダ」を照らし合わせて、それぞれの立場から、心身の開発についての話して呉れたのが面白かったです。

最近は「ヨーガ」のグループの招聘で外国にセミナーに
行くこともありますので、「ヨーガとアーユルヴェーダ」というトピックを膨らませているようです。

それで、「ヨーガ」の8つの部門(アシュターンガ)と「アーユルヴェーダ」の8部門(アシュターンガ)との関連というテーマで講義が進みました。

次がアーユルヴェーダの8部門と言われるものです。

① カーヤ・チキッサー(内科学)
② バーラ・タントラ(小児科学)
③ シャーリャ・チッキサー(外科学)
④ シャーラーキャ・タントラ(耳鼻咽喉科・眼科学)
⑤ ブータ・ヴィッディヤー(精神科学)
⑥ アガダ・タントラ(毒物学)
⑦ ラサーヤナ(不老長寿法)
⑧ ヴァジーカラナ(強精法)

そして、「ヨーガ」の8部門と、それらの関連です。

① ヤマ ←→ カーヤ・チキッサー

「ヨーガ」の「ヤマ」は、統合ある人格の養成のために
避けるべき行動。それは、自分の重荷とならないような身心を育成する習慣であり、「アーユルヴェーダ」では「カーヤ・チキッサ」に対応する。いつも健康で「軽いからだ」を作り、維持すること。良好な消化吸収。食物だけでなく、日常生活の体験を良好に消化吸収。

② ニヤマ ←→ バーラ

「ニヤマ」は人格の向上のために積極的に守って行く方が
良いルール・原理原則。「アーユルヴェーダ」では身心の成長期を扱う「バーラ」に対応。

ひとは赤ちゃんから少年期、青年期、成熟期、老年期と、それぞれのからだの成長・変化の段階にあわせて、勉強する期間、社会生活・家庭生活を営む期間、社会や家庭から離れて自分を超えた存在や神について考える、という人生の段階を送る。

その基盤作りを扱うのが「バーラ」。
子供時代の生育期間に生ずる問題、無意識の形成の問題を扱う。

③ アーサナ ←→ ブータ・ヴィッディヤー

「アーサナ」は身心の安定を得るため。
「アーユルヴェーダ」にも、身心の安定を阻害するいろいろなレベルの障害を取り除くための手段がある。

プージャ・瞑想(ジャパ)・宝石を身に付ける、などがインドでは行われている。

④ プラーナーヤーマ ←→ シャーラーキャ

「プラーナーヤーマ」はエネルギーの保持、老化の予防。
「アーユルヴェーダ」では人間の寿命は100年間と考えるが、寿命が尽きるまで生命力が衰えず、感覚器官や行動期間が良好に機能していることが肝心。全身の生命力のバランスを良好に保つために、胸部より上の「ウルドヴァ・アンガ(上半身、特に頭部)」を集中して整える。肩・首・頭・鼻・耳・目を扱うトリートメントがある。

⑤ プラッティヤーハーラ ←→ シャーリャ・チッキサー

「プラッティヤーハーラ」は感覚器官を内部に使い、内部を浄化し、
エネルギーの流れを妨げるものを取り除くこと。「アーユルヴェーダ」では、外科的手段で体内で障害をなるものを取り除いて、血液の流れや、エネルギーの循環をスムーズにして行く。シャワ・アーサナは、不随系を随意系に統合。肉体の構成要素であるマッジャやシュックラを強化する。

⑥ ダーラナ ←→ アガダ・タントラ

「ダーラナ」は集中的にひとつのことを考慮すること。
そのことで、自己中心的な自意識を中和すること。「アーユルヴェーダ」では、からだを硬くさせるのは思慮の足りない食物の食べ方が生ずる毒素。こころを硬くさせるのも、思慮不足による愚かさという毒素。それらを中和し、取り除くこと。

⑦ ディヤーナ ←→ ラサーヤナ

「ディヤーナ」は、身体感覚から一時的に離脱すること。「アーユルヴェーダ」では、古いものを排出して、体の組織を
新しい物に入れ替えることを促進、身体は静止したものではなく、常に流れるエネルギーであることを自覚。

⑧ サマーディ ←→ ヴァジーカラナ

「サマーディ」はエネルギーと一体化すること。「アーユルヴェーダ」では、より高レベルのエネルギーを生産性・創造性・活力として身心に取り込む。


伝統ものは手順を踏んで

「ヨーガ」も「アーユルヴェーダ」も、同じインドの土壌・風土で積み上げられて来た伝統文化です。例えば、インドの伝統医療である「アーユルヴェーダ」では、ミルクやインド特有のギー(乳脂)や油(ごま油等)、インドに生育する薬草をふんだんに使います。

ですから、インド環境が総合的に、有利に働いてくれないと、なかなか本当の効果が出ないものに思えます。わたしたちがプネーに来た頃(20年前)、旧市街の中心にあった「アーユルヴェーダ」のクリニックを紹介され、初めて健康相談に行ったことを思い出します。

マハーラーシュトラ州のアーユルヴェーダ医師会の会長を勤められていた高名で年配のアーユルヴェーダ医の先生でしたが、まず、わたしたちが「インドにどのくらいいるのか?」ということを尋ねられました。

当時、すでに2年は経っていたでしょうか、そして、「これからも、しばらくプネーにいます」と伝えたと思います。それなら、ということで、そのベテランの先生はわたしたちを診断することにされたのです。

つまり、ここマハーラーシュトラの気候風土にある期間浸っていて、この土地の食べ物を食べている、ということが、診断の条件だったのです。

さて、わたしたち日本人にとっては、日本化した中国漢方の医療は、日本の環境に合うものになっていると思いますが、インドの「アーユルヴェーダ」は日本とは縁遠いところにあります。

「ヨーガ」と同じく、「アーユルヴェーダ」も昨今のブームで、「パンチャ・カルマ」という名前や、「シローダーラ」などの特定のトリートメントだけが世の中に広まってしまった!という状況は、何でもかんでもビジネスになればよい!という人たちにとっては好都合でしょうが、あまり歓迎されることではありませんね。

よく聞く話ですが、インド観光旅行中に、泊まったホテルで、「アーユルヴェーダ」の「アビアンガ(オイルマッサージ)」や「シローダーラ」だけを体験する!というのは、ほんとうはからだに良くない行為なのです。

本来、それらは一時的にからだのバランスを崩すものですから、トータルなトリートメントとして実行されないと、本当の意味も効果も得られないと思います。

「アーユルヴェーダ」は、インドでは本格的な医療行為ですから、それなりの心構えと、準備が必要なのです。もちろん、わたしたち日本人にも、手順を踏んでアプローチして行くことで、インドで育った伝統医療の効果を得て、また、インド的な「日常の過ごし方・考え方」に触れることでも、良い変化が期待出来ます。

この3月に、「カイヴァリヤダーマ研究所」で、2週間のプログラムで「パンチャ・カルマ」を受けられた日本の方がいます。神戸でヨーガの活動をされている方ですが、10年前に、わたしたちが初めて「カイヴァリヤダーマ研究所」で実施した日本人対象の1週間のセミナーに参加されて以来、着実に、ヨーガとヨーガに関連する分野の勉強を継続されています。

昨年は、わたしたちのアドバイスで、インドに3週間の研修に来られ、ウルリカンチャンの「ニサルゴプチャール(自然療法)・アシュラム」に3週間滞在、「アーユルヴェーダ」の対極にある「自然療法(ナチュロパシー)」の体験学習をされました。その結果、今年の「アーユルヴェーダ」でも、良い結果を得られたようです。

わたしたちのアドバイスの方針としては、インドの代替医療に興味がある場合は、まず自然療法から、というのが定石です。いきなりインドに来て「アーユルヴェーダ」の「パンチャ・カルマ」を体験するのは、いろいろな面でリスクがあります。

どの分野でも、そこの土地と文化を背景にして成り立っているものには、段階的に、時間をかけて、アプローチしていく事が大切に思えます。

やはり、最終的に望ましい結果を得るには、急がば回れ!ですね。長い時間を経て伝承されて来た伝統ものに、近道はない!と思います。


6)プレ・モンスーン到来!

このレポートを書いている間に、黒い雲が出て、空からポツリポツリと。雨の匂いだけの時もありましたが、そろそろ夕立も何度か降り、気温も少し下がり、少しは涼しくなりました。

夕方から雨が降り出すと、テラスにベッドは作れません。5月に入って、早朝4時ごろに、急に雨が降り出し、急いで布団を中に入れた日もありました。(笑)まだ、日中は日差しが強いですが、確実に、天候は雨が降る気圧に変って来ています。

今年の雨季も、農作物やわたしたちの飲料水の為にも、適度に潤う雨が、しっかり降って欲しいと思います。

 

 

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2009年4月2日木曜日

プネーの近況2009年3月

ナマステ!みなさんお元気でお過ごしですか。
日本も今年は冬が短く、春を迎えるのが早いようですね。

桜の花が満開!となっている所もあるようですが、
みなさんの町では如何ですか。

日本が春爛漫の頃、プネーは夏全開です。

日差しが日に日に強くなり、
太陽を受ける木々にも力があります。

では、「プネーの近況・3月」の報告を致します。

目次

1)自然療法体験プログラム
2)カイヴァリヤダーマ研究所での合宿セミナー
3)ヴェーダーンタの合宿に参加
4)アーユルヴェーダの主治医を訪ねて
5)4月は北インドへ研究旅行

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1)自然療法体験プログラム

今年は2月・3月に、プネー郊外のウルリカンチャンにある
『ニサルゴプチャール(自然療法)・アシュラム』で、インドの自然療法の体験プログラムが組まれました。

インドでは、ヨーガと自然療法は切り離せない関係にあります。なので、ヨーガを学ぶ人は、自然療法についても学ぶことが推奨されています。

幸いなことに、ロナウラやプネーから近いウルリカンチャンに、インドで初めて設立された自然療法のアシュラムがあります。

わたしたちは、そこの現在のディレクターのニサル先生と親しくしていただいていることもあり、タイ組のスタディ・ツアーでは必ずウルリカンチャンも訪れることにしています。

それで、今年は日本のみなさんにも、ウルリカンチャンの自然療法のアシュラムに滞在し、ジュース断食などのいろいろな自然療法を体験するプログラムを提供してみました。

すでに2月組のフィードバックは掲載いたしましたが、3月組のフィードバックは、これから「インドで自然療法」のシリーズで順次掲載されますので、楽しみにしていて下さい。


● 移動日に一気に日本からプネーまで

3月組は関西・名古屋グループの4名と、1・2月にロナウラの『カイヴァリヤダーマ研究所』で6週間コースを受講された2名がウルリカンチャンでの自然療法研修にも参入されることになり、メンバーは総勢6名となりました。

関西・名古屋グループの4名は、2月28日(土)に関空・中京空港からタイ航空でバンコク経由でムンバイに到着、そのまま迎えの車で一気にデッカン高原のプネーまで上がり、プネーのホテルに1泊。

ムンバイからプネーは200キロの距離です。やや強行軍になりますが、日本を午前中出発し、その日のうちにプネーまで辿り着くことが出来ます。バンコク乗り継ぎは比較的楽です。

ムンバイ到着への出迎え、研修期間中の通訳・現地コーディネートはプネーの『サンディーシュ日本語サービス(JLS)』のチャンドラシェカール・ラトール氏が担当しました。

車はロナウラの『J.K.トラベル』が手配した6人乗りのRV車です。

プネーではデッカン地区のアプテ通りにある『ホテル・シュレーヤス』が宿泊先です。わたしたちのプログラムでは、プネーでの定番の宿になっています。

ファミリー・ホテルで、インドのふつうな雰囲気が良いのです。マハーラーシュトラ料理の名物レストランも併設されています。


● プネー市内探訪

翌日3月1日(日)朝、関西・名古屋グループの方は、ホテルをチェック・アウト後、わたしたちの家のあるアウンド地区に来てもらい、わたしたちと合流、それからプネー市内のご案内をしました。

まず、うちの前のD.P通りを少し散策。近所のインド菓子屋さんやうちがいつも買い物するお店などを探検。そして、うちの近所にある「ガネーシュ寺院」に参拝しました。

「ガネーシュ」は像の顔の人気のヒンドゥーの神様です。
プネーは「ガネーシュ」の町なので、町中に「ガネーシュ寺院」が溢れています。

Ganesha_DagdushethGanpati2005s


「ガネーシュ」は「障碍を取り除く方」と考えられており、インドでは
何か事を始める前には、まず、「ガネーシュ」にご加護を依頼します。

なので、わたしたちも、今回の「インド研修」が無事完遂することを「ガネーシュ」さんにお願いしておきました。

それから、プネー市の中心部にある、旧ペーシュワ王国時代の宮廷跡である「シャニワール・ワダ(土曜宮殿)」を訪問。お城跡を見学しました。

「シャニワール・ワダ(土曜宮殿)」はプネーのシンボルであり、プネーの
訪問者は必ず訪れる重点スポットです。

それから、自然療法アシュラムで必要となる簡単な服やタオルを調達。
まず、旧市街にあるカッディー専門店(マハートマ・ガンディーの推奨した手紡ぎ・手織りの綿製品)で、みなさんナチュラルな素材のブラウスやバスタオルを購入。

次に、最近プネーにも建ち始めた新型ショッピング・センターの「プネー・セントラル」でショッピング。こちらには、洋服とインド服の中間のデザインの、都会的に洗練されたドレスが豊富にあります。

昼食は「プネー・セントラル」最上階にあるフード・コートで。

バンコクではふつうにある食事処の風景ですが、最近インドにもフード・コート・スタイルのレストランが出来はじめています。北インド料理・南インド料理・インド式スナックなどの窓口がいくつか並んで居ますが、味もなかなかのレベルです。


● 世界遺産の探訪

さて、「フード・コート」での昼食後(みなさん食欲旺盛でした)、みなさんは日本語ガイド・現地コーディネーターのラトール氏と一緒に、『J.K.トラベル』の車でオーランガバードの町へ向かいました。

今回は、自然療法の研修を始める前に、2泊3日で世界遺産の「エローラ・アジャンター遺跡」探訪の旅をする、というプランです。

3月1日(日)・2日(月)はプネーから250キロあるオーランガバード
で2泊、エローラとアジャンターの遺跡を探訪し、それから3日(火)の夕方にウルリカンチャンの自然療法アシュラムにチェックインします。

このルートは、わたしたちのタイ組のスタディ・ツアーでも採用しているパターンで、文化遺跡訪問も組み入れることで、バランスの良い研修プログラムになっています。

では、3月組の「インドで自然療法」の成果はどうだったか?これから回覧されて行く参加者の方のフィードバックの続きで
ご覧下さい。



2)『カイヴァリヤダーマ研究所』での合宿セミナー


さて、わたしたちは、「インドで自然療法」組がエローラ・アジャンターの
世界遺産の旅に出かけてから、翌日3月2日(月)から5日間、ロナウラの『カイヴァリヤダーマ研究所』で、東京から来られたグループ16名の合宿セミナーの仕事がありました。

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これは、東京の某旅行会社の企画です。昨年も1月にも同じ旅行会社 の企画で、30名のグループが『カイヴァリヤダーマ』に5日間滞在され、わたしたちが日本語での講義の部分を担当しました。

以前、10年程前、『カイヴァリヤダーマ』で日本から来られたヨーガ団体の合宿セミナーをいくつか実施したことがあります。その後、そのようなプログラムは続かなかったのですが、昨今の「ヨーガ・ブーム」の余波でしょうか。昨年あたりから風向きが変わったように思います。

リシケーシュと並んで、ロナウラのことも日本にもっと知られるようになると良いですね。


● 東京のヨーガ・グループ

昨年は東京のフィットネス系のグループで、リーダーのY先生は体育系の女性の方でした。今年は東京のヨーガ団体のグループで、リーダーはヨーガ歴40年以上になる60代半ばのI先生、それとI先生のスタッフの方と、メンバーの生徒さんで、なかなかまとまった感じのグループでした。

また、事前に連絡メールで自己紹介や顔写真を送ってもらっていたので、初対面ではありましたが、比較的和やかな雰囲気での顔合わせとなりました。

『カイヴァリヤダーマ』での研修日程は4泊5日と短いスケジュール
でしたが、多忙な日本の日常を離れ、インドの近代ヨーガの発祥地に滞在しながらの体験学習が、みなさんにとって実り多いものとなったことを願います。


● 合宿セミナーの日課

みなさんは3月1日(日)に日本出発、成田からシンガポール航空でシンガポール乗り継ぎでムンバイ着、ムンバイ空港近くのホテルに1泊。

翌3月2日(月)、朝食後ホテルをチェック・アウト、バスでロナウラに移動、お昼前にには『カイヴァリヤダーマ』にチェック・インされました。

次に、合宿セミナーの日課を簡単に述べます。

1日目
昼食後にオリエンテーション・ミーティング。キャンパス内の施設をご案内。夜は「ヘルス・ケア・センター」の2階の図書室でミーティングの続き。

2日目
午前
5:30 起床、モーニング・ティー
6:30 クリア(浄化法)を見学
7:00-8:30 アーサナ・クラス見学参加
9:00 朝食
10:30-12:00 講義(1)
12:00 昼食
午後
1:30 センター専属医によるチェック・アップ
3:00 ハーブ・ティー
3:30-4:15 科学的研究ラボ訪問・研究スタッフの講義(通訳付)
4:30-5:30 アーサナ・クラス見学参加
6:00 自由行動
7:00  夕食
8:00-9:30 サット・サンガ(インドの文化背景・哲学について)
10:00 寝床

3日目・4日目も上記の日課とほぼ同じでした。基本的なスケジュールは滞在先の「ヘルス・ケア・センター」の日課に従って進みます。


● 実習と講義

実習については、1日目と2日目は「ヘルス・ケア・センター」の一般のアーサナ・クラスに他のインド人ビジターと混ざって見学参加。

3日目からは別なホールで、日本人グループだけの特注クラスをわたしたちが担当。
 
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講義は1日2回。
午前中は日本語でヨーガの概論。午後はキャンパス内の各部門を訪ね、研究スタッフ・講師陣による講義。わたしたちが日本語通訳を担当。

・2日目:科学的研究ラボ(SRD)
・3日目:哲学・文献学研究室(PLRD)
・4日目:付属カレッジ

2日目の午後はSRDのオーク先生(心理学)、3日目の午後はPLRDのシャルマ先生(サンスクリット学)。4日目はカレッジで学生のアーサナを指導しているシン先生とサッディア先生に面会、校長先生のボガル先生(心理学)からは、カレッジのことや、瞑想についての講義をして貰いました。

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また、昼食後の自由時間は、自然療法センターに行き、自然療法の

いろいろなセラピー体験をする時間や、外出してロナウラの町の探訪を楽しむ時間に充てられました。

夕方は、いつもですと研究所の精神的代表のスワーミー(修行僧)の
クティ(修行所)で行われる毎日のプージャー(お祈りの儀式)に参加するのですが、あいにくスワーミーが外出されていて、この期間不在でした。

『カイヴァリヤダーマ』はヨーガの学術的研究所で、宗教色はありませんが、精神的代表はスワーミーが務めることになっています。スワーミーは研究所のキャンパスの外のクティにひとりで住んでいます。スワーミーのクティでの毎日のプージャーも、完全自由参加です。

スワーミーの不在中は、カレッジのシン先生が代行で毎日のプージャー
を行っていました。シン先生は普段から夕方のプージャーの常連で、サンスクリット語のお祈りのマントラを大きな声でリードをしています。シン先生が執り行うプージャーも、なかなか男らしくて様になっていました。

4日目の夕方はグループのみなさんと、シン先生の代行プージャーに
参加し、ヒンドゥーの宗教儀式への参加体験もしてもらいました。


● 日本人の特性


今回のグループのみなさんについて、わたしたちは、
同じ先生の指導を長く受けている方々なので、とてもまとまりがあり、礼儀正しく、日本人的な良い面を持ったとても良い方々、という感想を持ちました。

また、指導スタッフの方々は、日本ではなかなか分からないインドの
背景や、今まではっきりしなかった部分なども解消し、ヨーガへの全体的な理解を深められたようでした。

アーサナに関しても、一見簡単に見える「基本が大切」と言うことも再確認されたようでした。夜の「サット・サンガ」の時間は、質疑応答などの時間に充てられました。また、現在カレッジ在籍中の日本人留学生によるキャンパス・ライフの説明も組まれました。

「サット・サンガ」では主に指導スタッフの方から来る質問に、うちの宏先生の答えがいろいろな方面に発展して、なかなか終わらず、熱心な人は一生懸命に聞かれていましたが、眠くなっている人もいたようでした。


● 定期的にインドで合宿セミナー


5日目の朝にみなさんは『カイヴァリヤダーマ』をチェックアウト。
プネー経由で世界遺産の「エローラ・アジャンター」探訪に向かわれました。

わたしたちもプネーまでみなさんのバスに便乗させて頂き、プネーのうちのフラットのビルの近くで降りて、みなさんとお別れしました。

旅行会社が企画される「インド・ヨーガ・ツアー」に参加される方々とは、わたしたちはあまり接点が無いのですが、そういう幅広い層のみなさんにもロナウラの『カイヴァリヤダーマ研究所』について知って頂くことは意味のあることに思います。

とかく、日本では、「ヨーガ=リシケーシュ」といった、誤った情報が広まっているようです。

リシケーシュに行っても、ヒンドゥー教の聖地としてアシュラムがあるだけで、ヨーガを体系的に勉強する場所はないので、外国人はますますヨーガについて混乱や誤解を深めることになるようです。

インドでヨーガを学ぶには、ロナウラに来ることが最短コースです。

昨年と今年の経験を踏まえて、『カイヴァリヤダーマ』でも日本人の方対象の合宿セミナーを実施することを考えています。2月・3月はロナウラは良いシーズンなので、その時期ですね。

『カイヴァリヤダーマ』での1週間程度の合宿セミナーを含めて、日本から10日間程度のプログラムに収まると思います。詳細は、また「メールグループ」でお知らせいたします。
http://groups.google.co.jp/group/lonavla/



3)「ヴェーダーンタ」の合宿に参加

例年、12月から5月はインドでの「研究期間」ですが、その期間中にインドの伝統哲学である「ヴェーダーンタ」の勉強に時間が充てられます。


「哲学する」文化

「瞑想する」こともインドの文化ですが、
「哲学する」こともインドの文化です。
インドの人たちは論理的な探究や議論が好きです。

インドの場合、哲学はひとの生き方を方向付けるものですから、老若男女、年齢や教育レベルと関係なく、「哲学するこころ」が尊ばれます。

それで、インドには大学などのアカデミックな研究機関とは別に、伝統的なインド哲学の研究や指導を専門にやっているアシュラムがありますし、伝統哲学の師匠と言うべき先生方やスワーミーが居ます。

だから、インドの伝統音楽や伝統舞踊と同じ感覚での、
「伝統文化」としての伝統哲学でしょうか。

プネーのわたしたちの先生の「スワーミー・サットスワルーパーナンダ」先生も、そのようなインドの伝統哲学(ヴェーダーンタ)の師匠のひとりです。 

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わたしたちは1996年からサットスワルーパーナンダ先生の指導を
受けていますので、もう13年になります。現在は「チャンドーギャ・ウパニシャド」や「ヨーガ・ヴァシスタ」といったテキストのクラスに参加しています。

ヴェーダーンタのテキストはいろいろありますが、基調テーマはどれも同じですね。

「わたしとは、何か?」です。

そして、それを探究するための、インド的な考え方の訓練です。

よく、子どもの頃、鏡を見て、「わたしって、何だろう?」と考えることは、誰にでもあると思います。

成長するにつれ、おとなになるにつれ、そういう素朴な疑問は忘れるものですが、子どものときに鏡をのぞいた気分は、どこか、こころの奥底に眠っているものではないでしょうか。

インドの文化は、「子どものときに鏡をのぞいた気分」を大切にするようですね。

インドでは、それが洗練された伝統文化まで高められていますし、むしろ、それこそが、インド文化の精髄になっている、かのようです。


● プネーの先生の先生

また、インドの「研究期間」中に、わたしたちのサットスワルーパーナンダ先生の先生である「スワーミー・ダヤーナンダ」先生のアシュラムで開講される短期・中期のコースにも定期的に参加して来ました。

北インドのリシケーシュと南インドのコインバトールと、マハーラーシュトラ州のナグプールに「ダヤーナンダ・アシュラム」があります。伝統的なヴェーダーンタの研究・指導の専門アシュラムです。

2001年にコインバトールのアシュラムでダヤーナンダ先生の指導による「カタ・ウパニシャッド」の3ヶ月コースを受講したのですが、それは、その後のわたしたちのインドでの研究方向や、仕事の方向性を決定づけるようなインパクトがあったと思います。

それは、「子どものときに鏡をのぞいた気分」をいつも忘れないことが、人生の謎を解く鍵であり、人生を生きて行く方向、ということでしょうか。


● ダヤーナンダ・アシュラムの変遷

その後も毎年、プネーの先生の指導と平行して、リシケーシュやコインバトール、ナグプールのアシュラムにも行く期間を確保して、ヴェーダーンタのテキストの勉強を進めて来ました。

今は、2006年と2007年と続けて「ヴェーダーンタ」の重要テキストである『ブラフマ・スートラ』のコースに出て、一応一段落ついた段階です。

わたしたちがヴェーダーンタのことを知った1994年当時は、「ダヤーナンダ・アシュラム」は、とても敷居が高かったのです。当時はダヤーナンダ先生の直接指導による3年間の長期コースだけが運営されており、厳しい「神学校」のような雰囲気でした。

「人生をヴェーダーンタに捧げる覚悟が出来た者だけが来るように」というポリシーでしたし、最初からかなりのレベルのサンスクリット語の基礎教養も要求されていました。

2000年以降、中期・短期コースも開講されるようになり、ヴェーダーンタに深い興味を持つ一般人にも解放されるようになったのです。

近年の「ダヤーナンダ・アシュラム」のプログラムは、コースのトピックもますます親しみやすいものとなり、期間も1週間ー2週間と短期で、大勢の見知らぬ人が行き交う、「まるで駅のプラットフォーム」という状態になりました。

これもインドの時代の変化ですね。1990年代にはあれほど高かった敷居が、今は無いと同然です。


● 新しいセンターでの合宿

先月2月23日に、プネーのサットスワルーパーナンダ先生のクラスの最後に、異例の通知があったのです。

同じマハーラーシュトラ州のアンボリーと言うところに、
ダーヤーナンダ先生の新しいセンターが出来たのですが、そこで
合宿がある(3月9日ー13日)、ということでした。

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このセンターは、シンディー人の実業家の方が小規模のセミナー・ハウスとして2年前に設立し、ダヤーナンダ先生の運営する教育財団に寄付したものです。

シンディー人とは、今のパーキスターンに住んでいたヒンドゥーの人たちです。60年前、イギリスから独立するときに、ヒンドゥー中心のインドとイスラム中心のパーキスターンに分離されたことで、シンディー人は難民としてインドに逃げて来たのです。

分離独立で故郷を失った、という悲劇がありますが、シンディー人はビジネスに長け、強力なシンジケートを持つ裕福で有力なコミュニティーです。

さて、アンボリーの新しいセンターは収容人員は30名程度。それに、アンボリーは避暑地として有名なところです。

それは、良いプログラムだな、と、家に帰って、早速、場所は何処にあるのか?どうやって行くか?をインターネットで調べて、列車の時刻と予約状況も調べました。

プネー駅から最寄りのベルガオン駅まで急行列車で8時間の距離。また、何と、行きの3月8日の夜行列車と、帰りの13日の夜行列車の予約が取れそうではないですか。

これは、呼ばれているのかな?

インドの国鉄は3ヶ月前から予約がスタートします。これから始まる
4月・5月の夏休みシーズンには、インド人の民族大移動!があり、里帰りや家族旅行の切符を手に入れるため、駅の予約カウンターには長い長い列が出来ます。


● センターのスタッフ

さて、ラッキーにも列車の切符は取れました。交通手段が確保出来たので、それではと、センターの方に連絡を取り、コースの予約状況を問い合わせ。

このセンターの運営を任されているのはギリ夫妻です。30代後半でしょうか。彼らはナグプールの「ダヤーナンダ・アシュラム」で勉強したカップルで、わたしたちとも面識があります。

実は、ギリ夫妻は以前、別なヴェーダーンタの団体のアシュラムで勉強し、その団体のスタッフであった期間が8年あります。

「スワーミー・パールターサラティー」という先生の主催する
『ヴェーダーンタ・アカデミー』という団体で、アシュラムはロナウラの『カイヴァリヤダーマ研究所』の近くにあります(ロナウラにはいろんな団体の研究所やアシュラムがあるのです)。

こちらの団体では、主宰の先生がロンドン大学で経済学を勉強した方であるという背景もあり、ヴェーダーンタに対してモダンなアプローチを取り、西洋哲学との比較研究もします。インドではそういうアプローチへの支持者も多い、と言うことです。

ギリ夫妻はある段階で、そのモダンなアプローチに物足りなくなり、もっと伝統的なヴェーダーンタを深めたい、という意図を持ち、ダヤーナンダ先生の門を叩いた、という経緯があります。

ちなみに、ギリ夫妻の奥さんの方はパルーシー(拝火教徒)です。むかしむかし、中近東や中央アジアは拝火教(別名ゾロアスター教)で、インドはバラモン教でした。イスラム教が勃興してからは、拝火教は駆逐されてほぼ消滅、僅かにインドに逃げて来た人たちがグジャラート州やマハーラーシュトラ州に住んでいます。

有名なインドのタタ財閥の創始者一族はパルーシー(拝火教徒)です。昨年11月のテロ攻撃で、タタ財閥のシンボルであるムンバイの「タージマハル・ホテル」がイスラム・テロリストによる殺戮の場とされましたが、それはパルーシーの文明がイスラムに破壊されたことの再現でもあり、パルーシーは今だにイスラムに追われているかのようです。

さて、ギリ夫妻によると、収容人員は30人という小規模なセンターで、部屋の方は6人部屋のベッドは空きがあるけど、2人用の個室はすでに一杯であるとのこと。

その代り、センターの方で、すぐ近くにあるホテルに部屋を取って
くれるとのこと。1泊900ルピーに10%のディスカウントで、センターの部屋に滞在した場合のコース運営経費の分担分とあまり変わらない設定になります。

じゃあ、それでお願いしよう、と。

思いもよらず、プネーの近くで、しかも、小グループで、ダヤーナーンダ先生の直接指導が受けられる、というのは、かなりの幸運!日頃の良い行ないのご褒美ですね!!


● 夜行列車でアンボリーへ

アウンドの家を出発したのは8日夜9時半。うちの大家さんのゴレさんがオーナーであるリキシャーに来てもらい、プネー駅へ。

うちの大家のゴレさんは、プネー大学の教授ながら、川向こうの村の
方に住んでいますが、ソシアル・ワークーの一環として、リキシャーを一台買い、村のひとに生計手段としてリースして運営させています。

それで、うちも夜や早朝に出かけるときは、そのリキシャーを頼みます。運転手をよく知っているので、安全で安心です。

プネー駅まで約20分。午後11時頃出発の夜行列車に乗り、南へ。翌朝8時前にお隣のゴア州に近い、ベルガオン駅に着きました。

ベルガオンはマハーラーシュトラ州とカルナータカ州の州境の町で、カルナータカ州側にあります。そこからカルナータカ州営業のローカル・バスに揺られ揺られて、1時間半。お昼前には山間の小さな町のアンボリーのバス・スタンドに着きました。

わたしたちの滞在先となるホテルはバス・スタンドの少し手前の
「JRDインターナショナル」。庭付きのバンガローやプールもあるリゾートホテルでした。

センターはバス・スタンドの裏手の道を上った丘の頂上にありました。ホテルから歩いて10分ほど。

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周辺には造成中のプロットが点在し、アンボリーは、ロナウラのような
別荘地・リゾート地にするべく開発中、というように見受けられました。

到着日のプログラムは、夕方にオリエンテーション・ミーティング。それまではホテルの方で、ランチ&休憩。ここはアラビア海に近いので、魚カレーのメニューもありました。カツオのカレーです。

4時半にホテルを出て歩いてセンターへ。車道を通ると10分はかかり
ますが、丘を上る近道を通ると5分で行くことが出来ました。

センターは、車道から入る門を中間に、丘の中腹に展開しています。下の方にキッチンや宿泊用のコテッジ、頂上にホールと1人用の小さいコテッジ。
 

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道や階段は溶岩のブロックで作られ、また、沢山の貝殻が散らばって
いました。大昔はこのあたりは火山があり、海の底だったのですね。

『カイヴァリヤダーマ』のあるロナウラと同じような地形で、雨の多い気象条件もそっくりです。ロナウラも雨季の雨量が多いのですが、アンボリーはロナウラの倍雨が降るのです。想像を絶しますね。

それで、雨季が始まると沢山の滝も出来、雨を楽しみに来る観光客で賑わうのがアンボリー、とのことです。

SANY0001 

 

● 参加メンバー

30名前後の参加者はムンバイやプネーから来られた方が多く、
予想通り、シンディー人のビジネスマンとその家族中心でした。年代は50-60代ですね。

このセンターは、主にシンディー人のネットワークで使われる、ということですね。アメリカで40年以上働き、昨年定年退職したシンディー人の女性もいました。アメリカに家がありますが、プネーにも家を買ったそうです。退職し、これからは精神性の探究をする、というお話しでした。

また、2月にリシケーシュのアシュラムで行われた短期コースに参加した外国人も2名居ました。終わってから又リシケーシュに戻り、次の短期コースに参加するとのこと。この時期は外国人ツーリストも出入りする期間です。

ダヤーナンダ先生は夕食時間には到着される予定。カルナータカ州でのソシアル・ワークのプロジェクトの式典に参加された後のようです。

「ただ今車で移動中」ということで、みなさんとダヤーナンダ先生をお待ちしていましたが、「遅くなるので今晩はベルガオンの町に宿泊、明朝アンボリー入り」という連絡が入りました。

それではと、わたしたちも夕食を食べて解散、となりました。

帰りはセンターからバス・スタンドに向かう車道を、懐中電灯で照らし
ながら、そろそろと降りました。ちょうど、3月11日のホーリーの満月に向かう3日前です。夜空に月が輝き、月明かりを頼りに、星空を眺めながら、途中建築中の家の街灯の明かりにも助けられながら、無事にホテルに戻ることが出来ました。

次の日、早朝のヒンヤリとした新鮮な空気の中を歩いてセンターに。

7時半過ぎ、ダヤーナンダ先生の車が到着。車はそのままホールに横付けされ、先生が出て来られました。

お会いするのは約2年振りです。年齢的には79歳。健康問題もいろいろあるのですが、すいぶんお元気そうで、2年前よりお元気な様子に驚いたくらいです。

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席に着かれて、簡単なご挨拶と場所の感想を述べられた後、
直ぐにプログラム開始。最初の「瞑想(メディテーション)」のクラスの指導が始まりました。

1日目は少し遅いスタートでしたが、コース中の5日間のスケジュール
は次の通りです。

午前
6:00             モーニングティー
7:00-7:30     瞑想(メディテーション)
7:45-8:30    アーサナ・クラス
8:30        朝食
9:30-10:45    講義(1)
10:45              ティー・タイム
11:45-12:00  講義(2)
午後
12:00                 昼食・休憩
16:00                 ティー・タイム
17:15-18:30  講義(3)
19:00                 夕食
20:30-21:45  サット・サンガ(質疑応答)
22:00                 就寝


1日3回のダヤーナンダ先生の講義と、夜のサット・サンガ(質疑応答)が中心です。

リシケーシュやコインバトールのアシュラムのコースですと、これに加えてサンスクリット語の学習クラスや、ヴェーダのマントラの読誦練習(チャンティング)のクラスもあり、結構忙しいですが、今回はヴェーダーンタの講義がメインです。

午後の休憩時間が長いので、わたしたちは歩いてホテルの部屋に帰っていました。ヴェーダーンタはあたまをよく使うので、休憩時間にあたまを良く休ませる必要があります。

また、夜のサット・サンガが終わるのは10時過ぎになるので、夜は
センターから車でホテルに送ってもらうことになりました。

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● インド哲学の奥義の奥義

「ウパニシャッド」は、日本語では、よく「奥義書」と訳されていますね。確かに、インド的なコンセプトのルーツはウパニシャドにあるので、ここまで行かないと、全体像がわかりにくい、と思います。

さて、今回のアンボリーでの合宿は『タイッティリーヤ・ウパニシャッド』の第2章をテーマにしたものでした。そこに、「ブラフマン」の定義が出てきます。そして、なぜ、ブランマンは探究されるべきか、という解答ですね。

ここは、インド哲学の奥義の奥義の部分で、すごくタフなのですが、「存在=意識」までに理解が届くと、空間と時間、生と死、他者との
関係性と言った、わたしたちを限定している条件が解除されるのです。

それで、
「これがわかれば、すべてがわかったと同然」と言われるものです。

もちろん、たいへんな形而上学です。具体的なものとして理解できる領域を超えたものですから。

それでも、ダヤーナンダ先生の講義は、ほんとうに面白いのです。こんな難解なインド哲学の形而上学のお話しを、とてもおもしろ可笑しく、わかりやすく、言葉で目の前にありありと、淡々と描写されるのです。コミュニケーションの天才なのでしょうね。

あたかも名人の落語家が、おそばを食べる様子を目の前にありありと、淡々と描写するような名人芸、と同じような味わいでしょうか。

わたしたちも『タイッティリーヤ・ウパニシャッド』の講義を受けるのは3回目でしたので、内容はよく知っているのですが、やはり、何度聞いても、ますます面白いですね。また聞きたくなります。


● 歩く「ダクシュナ・ムルティー」

実際、インド広しと言えども、ヴェーダーンタの講義をさせたら、この方ダヤーナンダ先生が押しも押されぬ第一人者、と言われる、知る人ぞ知る、という存在です。

それでいながら、誰とも、同じ目線で、長年の友だちのような親しい、自然な距離感を作ることが出来る、不思議な人物でもあります。

人間の知性と感性とユーモアとコミュニケーション力は、ここまで統合され、ここまで拡張されうるのか、という、生きた実例でしょうか。多くの人が、ダヤーナンダ先生のことを、「歩くダクシュナ・ムルティー」と考えています(「ダクシュナ・ムルティー」はヒンドゥーの知識・学問の神様です)。

それは、何も特別なことではなくて、「子どものときに鏡をのぞいた気分」を、どこまでも、どこまでもしなやかに伸ばして行った延長にある境地で、そのコツがわかれば、誰にでも手が届く境地、に思えるのです。 

(だから、わたしたちは、まだインドで研究を続けているのでしょうか)。

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4)アーユルヴェーダの主治医を訪ねて

さて、インドでの「研究期間」中のテーマに、「ヴェーダーンタ」の他に、自分たちの健康管理を兼ねたインドの伝統医学の「アーユルヴェーダ」の勉強があります。

先月は日本の外務省の「巡回医師団による健康相談」プログラムで派遣されて来られた、日本の医師の健康診断をプネーで受けましたが、3月はインドの伝統医学の「アーユルヴェーダで健康診断」でした。


● ニュー・ジェネレーションのアーユルヴェーダ医

わたしたちの主治医であるジャガディーシュ先生とは2000年からのお付き合いです。プネー大学のアーユルヴェーダ学部を卒業されていますが、インド政府厚生省主導のアーユルヴェーダの規格化・標準化政策の第一期生でもあり、ニュー・ジェネレーションのアーユルヴェーダ医です。

現在は、2年前に『カイヴァリヤダーマ』に開設されたアーユルヴェーダ・センターでも「パンチャ・カルマ」の指導を担当していますので、『カイヴァリヤダーマ』で一緒に仕事をすることもあります。

わたしたちのアーユルヴェーダ歴は9年です。その前は1993年にウルリカンチャンで自然療法を勉強して以来、ずっと自然療法派でした。今も自然療法もよく理解し、実践もしていますが、興味や研究の対象は、アーユルヴェーダの方です。

インドでは自然療法もアーユルヴェーダも盛んなのですが、両者はまったく異なる理論と手法を持つもので、混同することなく、別々に勉強する必要があります。

今期はお互いにスケジュールの調整がなかなか付かなくて、3月第1週の『カイヴァリヤダーマ』での日本組合宿セミナー中に、ジャガディーシュ先生からのかんたんな定期検診を受けて以来、そのままになっていました。

それで、アンボリーでの「ヴェーダーンタ」の合宿から戻ってから、プネーの先生のクリニック(自宅兼)に行くことになりました。『カイヴァリヤダーマ』ではとかく忙しいので、自宅のクリニックの方で昼食を挟んで、ゆっくりと時間を取って、講義を兼ねたコンサルティングをするのが、わたしたちとの定番プログラムになっています。

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● クリニックへの長い道程

プネーのジャガディーシュ先生の自宅兼クリニックは、プネー市の北側にあります。プネー市の西端に位置するわが家からは15-16キロと、かなり離れています。

市営バスで行くには乗り継ぎがたいへんですし、リキシャーで行くには少し距離がありすぎなのです。ですから、いつも、クリニックに行く途中に、他の用事もすることにしています。

この日は、うちから10キロほどの「サラス・バーグ」という公園にある有名な「ガネーシュ寺院」と、その近くの「ラクシュミー寺院」を訪ねて参拝しました。

「ラクシュミー」はヒンドゥーの富・繁栄の女神で、参拝客が絶えません。参拝後、別なリキシャーでクリニックへ向かいました。

さて、ジャガディーシュ先生はラージャスターン州出身です。お父さんが
仕事の関係でプネーに移住しました。ジャガディーシュ家はプネーでもラージャスターン州出身者が集まった地区にあります。

自宅兼クリニックは3階建てのビルです。1階にクリニックがあります。
ロナウラに行かない日は自宅クリニックでも臨床をします。

クリニックには、いろいろな生薬や、器具が雑然と置かれています。前回カイヴァリヤダーマで、かんたんに脈を診てもらいましたが、今回は、更に詳しく身体の状態について診断を受けました。


● ポテト食べ過ぎ症状

わたしたち二人はどちらもヴァータ系と言われる、やせ形タイプで、
風の性質が優性な体質です。

脈診を取ったあとで、「少しアマ(不純物)が溜っている」と言われました。

そして、「そうかナー?」と考えていると、
「あなたたちの体質では、消化に重いポテトがアマを作りやすい・・・」
と言われて、あーそうか、思い当たることがあるある!

今回はインドに戻って、ポテトをよく食べていました!!

前からポテトはわたしちには消化に重いので「あまり意味がない」と
言われていて、それほど食べていませんでした。それに1年の半分近くを過ごすタイでは、収穫量が少ないのか?ポテトはほとんど見ないし、口にすることもありません。

しかし、今回インドに帰って来てから、冬場に市場でポテトが妙に
美味しそうに見えたので、今期はポテトを良く食べたのです。

また、今期から電磁調理器を導入して、圧力鍋もステンレス製に買い換え、ポテト類の調理がし易くなった、こともあります。圧力鍋で調理するポテトは美味しいですね。

ですから、先生が言われた通り、最近少しポテトを摂りすぎていたようです。


● 尿検査の結果

2月の「巡回医師団による健康相談」で、日本から派遣されて来たお医者さんに、わたしは尿の再検査を指示されていたので、『カイヴァリヤダーマ』滞在中に、『カイヴァリヤダーマ』のラボで尿検査をしていました。

その結果を持って、アーユルヴェーダのクリニックに行ったのですが、「尿検査」の結果は、少し腎臓に石が溜る傾向が出ている!とのこと。

これは、わたしの母方の遺伝で、祖母がこの病気を持っていたので、わたしも注意はしていました。

それで、今回は細かい食事指導がありました。例えば、ほうれん草は食べない。トマト、グアヴァ(フルーツ)も避ける。キュウリもタネは食べない。当面はインドのミルク菓子やアイスクリームも控える(これからの暑い時期、コレが一番美味しい季節なのに残念!)。

また、当面2週間分のアーユルヴェーダ薬の処方があり、2週間後に経過を見る。また、3ヶ月後に再び「尿検査」をして確認をする、という方針になりました。

さて、主人の方は、脈拍数が多い傾向があるので、いつも心臓への負担が指摘されます。2月の「巡回医師団による健康相談」でもその点を指摘されました。ヴァータ系は心臓注意ですね。

実は、ジュガディーシュ先生もヴァータ系でやせ形です。主人と近い体型・体質なので、問題の起きやすい傾向がよくわかるようです。

実際、6年前にヨーロッパ出張中のセミナー中に、心臓で倒れたことがあります。その時は、アーユルヴェーダの方法論に従い、1年掛けてご自分で回復されました。今は絶好調、前よりエネルギッシュです。

主治医というのは、自分と近い体型・体質のひとが有利のようです。そうでないと、お互いのことが、よく分からないのでないでしょうか。検査データばかりでは、わからないことの方が多いと思います。

主人の方は、今回も真珠や鉱物が入っている錠剤が2種類出ました。そして、「PCの前を離れる時間を取るように!」とのアドバイスでした。

アーユルヴェーダの先生は、検査のデータを元に、その人の生活全般、食生活や日常の過ごし方などに関してアドバイスをします。 ですから、処方されたお薬を飲むだけではなく、先生のアドバイスに出来るだけ添うような努力が要請されるわけです。


● 銅製品ブーム

インドでは、「銅の容器に水を入れて飲むと身体によい、特に心臓に良い!」とよく言われます。

これにはもっと深い話しがあり、銅製品に入れた水を一晩外に出し月光に晒す。翌朝その水を飲む。それが、たいへん心臓に良い!と言います。

最近心臓病が増えているのは、その習慣が無くなったからだ、と。

アーユルヴェーダの先生からも、度々この話しを聞いていましたし、自然療法でも銅製品を推奨します。それで、3月の日本の方の「自然療法」研修プログラムの一環で、プネーの銅製品のお店に立ち寄ることにしました。

最近、インドでは銅製品のリバイバル・ブームのようですね。銅製品を良く見かけるのです。主に銅の水差しや銅のカップです。

さて、訪ねたお店はプネーの旧市街地の職人街の一角にある
小さな銅の製造販売店です。まず、5リットルくらい水が入る大きい容器がありました。

わたしはもう少し小さい容器が欲しいと言うと、2リットルくらいの
容器は今、製造途中で、来週完成するとのことでした。他にもいろいろな形の銅製の容器があり、興味を引いたのは大きいお湯を沸かす道具?などで、その可愛いミニチュアも飾ってありました。

銅製品は、実用ものとしても、部屋のインテリアとしても、 なかなかですね。とりあえず、わたしは小さな銅カップを買いました。後日、2リットルの容器を入手しました。700グラムで350ルピー(約700円)でした。値段は銅の重さで決まります。

他の日本の方も小さいカップを買われましたが、ひとりの方は少し考えられて、大きい5リットルの容器を買って、日本へ持ち帰られました。

早速、わが家では、一晩銅のカップに入れた水を、朝一番に飲んでいます。

日本でも、銅製品のリバイバル・ブームにならないでしょうか?


5)4月は北インドへ研究旅行

4月に入って、プネーの気温は38度・39度と上がってきました。 今年は40度を超える日が、プネーでは何日あるでしょうか?


やはり、気温が体温を超えると、チョットきついですね。コンピューターも動きがおかしくなり、気温が上がったのが分かります。
コンユーターは正直ですね。

わたしのPCは午後3時は以降使えなくなってしまいました。下に冷却ファンを置いたり、「アイスノン」(冷却ジェル)を置いて
冷やしているのですが・・・

メイン・コンピューターは何とか動いていますので、大丈夫です。

4月はプネーの暑さから逃れるということもあり、今年は北インドに行こうと思います。リシケーシュの「ダヤーナンダ・アシュラム」に滞在する予定です。コースはありませんが、自主研究を続けます。

来月は北インドのレポートを書きます。
では、日本の満開の桜や、木々や木の芽の彩りをお楽しみ下さいませ。


(「プネーの近況2009年4月」に続く)

相方ひでこ
H&H

 

 

 

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