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2010年5月16日日曜日

プネーの近況2010年(3)

ナマステ!
こんにちは、皆さんいかがお過ごしですか?

今年の日本の春は、
寒暖の差が激しい気候に見舞われたようですが、皆様それぞれに桜の花の風情を楽しまれたことと思います。

こちらにも日本から花のお便りを頂きました。ゴールデン・ウィークは良いお天気に恵まれたようですね。  

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(リシケーシュのガンジス河にて)


1)プネーは夏本番

プネーは今夏本番、
4月から5月上旬が一年で一番暑い時期です。連日40度前後と、もうPCの動きも、わたしの頭もスロー回転で、あまり複雑なことは考えられなくなっています。

わたしたちの部屋は4階建てビルの最上階にあるので、日中は窓を閉め、外の熱風を入れないようにし、カーテンとグリーンのネットで部屋を暗くし、日差しを遮断して、
天井の扇風機をがんがん回しています。

日が沈むと、インドは乾燥した気候なので、夜、外は涼しい風が吹き、気温が20度くらいまで下がります。しかし、部屋の中は昼間の熱気が籠もっているので、なかなか涼しくなりません、が、わが家には、幸運にも部屋数は少ない代わりにテラスがあるので、
この時期はテラスに寝るのが習慣となっています。

夕方、テラスに水を流してきれいにして、夜布団を敷き、蚊帳をはって、足元には毛布も用意して、明け方の冷気に備えます。外は本当に自然のクーラーとなって、
朝は爽やかに目が覚めます!毛布を被らないと寒いくらいです。

5月に入ってからは、風が吹く日が多くなり、しだいに雲も多くなって、モンスーン(雨季)前の夕立(プレ・モンスーン)が来るのが待ち遠しくなってきます。


●ロナウラで夏期6週間コース(CCY)進行中

さて、ロナウラの「カイヴァリヤダーマ研究所」の方には、5月・6月の6週間コース(CCY)に、日本から2名の男性が参加されます。この時期はインドの夏休みにあたり、コースの参加者が1・2月の6週間コースよりも大幅に増えます。学生さんが多く、賑やかです。
参加者は70名少々、外国人は10名程度です。

前回1・2月の6週間コースには日本から3名の女性が参加され、無事に終了試験も通過、
それぞれに「YOGA」について納得されて帰国されました。

夏のコースは、初めは暑いですが、プレ・モンスーンの夕立が来ると気温も下がり始め、過しやすくなって行きます。
お二人の健闘をお祈りいたします。


2)3月-4月の北インド研究旅行

毎年、3月から4月にかけて、北インドや南インドへ研究旅行に出かけることになっています。
この時期は、インドでのフィールド・ワークの時期です。

一昨年・昨年に続いて、今年も北インドのリシケーシュに行き、「ヴェーダーンタ」の
「ダヤーナンダ・アシュラム」に4週間滞在しました。

プネーを出発したのは3月19日(金)です。プネー空港からデリー空港まで、午前中の便で約2時間。まず、デリーに着いたとき、
3月半ばというのに「ずいぶんと暑いな!」と感じました。

例年、ムンバイやプネーに比べて、北インドの夏は1ヶ月は遅く、本格的な暑さは5月からとなります。デリーから、さらに300キロほど北のハリドワールに鉄道で移動、特急で約4時間半、そしてハリドワールからリシケーシュには
「アシュラム」に頼んだ迎えの車で約40分です。

さすがにリシケーシュはまだまだ涼しく、インドの聖地で、研究と避暑を兼ねた快適な日々でした
(4月10日頃からは日中は熱風となって来ましたが)。


「ウパデーシャ・サーハスリー」

さて、わたしたちは、良く解らないものでも、けっこう楽しめる能力を持っています。
能や狂言、歌舞伎と言った伝統芸能は、その最たるものですね。

インドの伝統哲学も、生きた「古典芸能」と考えると解りやすいと思います。意味が全部分かるわけではないけど、十分面白く楽しめるし、
古典は、何度鑑賞しても、飽きないです。

例年リシケーシュの「ダヤーナンダ・アシュラム」では、2月-4月の春の期間に、「スワーミー・ダヤーナンダ」先生の
直接指導による「ヴェーダーンタ」の講義があります。

今回わたしたちが指導を受けたテキストは、「ウパデーシャ・サーハスリー」というもので、15日間のプログラムでした。本書は日本語訳が岩波文庫に前田専學先生訳で納められています。が、日本語訳を読んだだけでは、
なかなか理解するのは難解な内容です。

しかし、8世紀のインド哲学の巨人「シャンカラーチャーリア」の代表的な著作で、「絶対真作」とされている「アドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論)」の傑作!なのです。

言ってみれば、大学院で哲学の専門家が扱うようなハードで退屈な?主題なのですが、現代インドの生きた哲学伝統の大家・名人である「ダヤーナンダ」先生が扱うと別物になります。独特の魅力ある講義に、100名以上の受講生は1時間半の
クラスに集中して耳を傾けてしまいます。

4年前、やはり、リシケーシュのアシュラムで、同じく「シャンカラーチャーリア」の代表作である「ブラフマ・スートラ註釈」の講義をダヤーナンダ先生から受けましたが(これも重要な文献で日本語訳があります)、
その時も100名以上の受講生が熱心に耳を傾けました。

やはり、古典というのは、扱う先生の力量次第ですね。


「ナーダスワラム」の楽隊 
 
さて、リシケーシュという場所柄、「アシュラム」には色々な人たちが出入りします。今回のコース中も、何組ものゲストが見え、わたしたちを
楽しませてくれました。

特に今回のハイライトは、南インドの小さな村から列車で2日半かけて、はるばるリシケーシュまでやって来た、5人の楽隊さんです。それは、「ナーダスワラム」という吹奏楽器の楽隊で「ナーダスワラム」が2本、太鼓が2つ、そして金属の鐘1つの5人組構成です。

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「YouTube」に動画が上げてあります。

http://youtu.be/_s_RScuLXB4


「ナーダスワラム」は南インドの伝統楽器で、普段はお祭りや結婚式のお祝いの時の景気付けに、その場を盛り上げる為に演奏されるそうです。

初めての演奏は、室内の講義室の中で行われたものですから、その物凄い大音響に驚きました!!ともかく、音が大きいのです。

その後は2回ほど、夕方屋外で「ナーダスワラム楽団」の演奏がありました。それにしても物凄い笛の音と、太鼓も指先につめのような物をはめて叩くので、普通よりも「カンカン」と大きな音が出ます。初めは、ただただ大きな音に驚いて聞いていましたが、楽しげなメロディーのある曲や、みんなが知っている曲を
演奏してくれたりして、南インド風の陽気なリズムを楽しみました。

わたしたちは、どちらかといえば、インド伝統音楽は北の「ヒンドゥスタニー音楽」よりも、南の「カーナティック音楽」の方が好きです。プネーでも「カーナティック音楽会」のメンバーに入っていて、
定期的にコンサートを聴きに行っています。

南インド音楽は、ボーカルを中心に、リズムがとても明るく「陽」なのが特徴でしょうか!北インド音楽はどちらかと言えば、
「陰」で、高尚な雰囲気ですね。

後で「Wikipedia」で調べたのですが、この「ナーダスワラム」は、なんでも世界で一番大きな音を出す楽器、うるさい楽器、と紹介されていました。
室内で聞いたら、うるさい筈ですよね!(笑)


「アシュラム」の通常クラス

「ダヤーナンダ」先生のコースは4月3日に終わりました。 そうすると、アシュラムはふつうのスケジュールに戻ります。アシュラムでは、専属のスワーミーによる常設のクラスが開講
されています。

・カタ・ウパニシャド
・バカヴァット・ギーター
・サンスクリット語文法
・ギーター・チャンティング(読誦)

わたしたちは若手の「スワーミー・グハートマーナンダ」の担当する「バガヴァット・ギーター」のクラスとチャンティング(読誦)に出席することにしました。「グハートマーナンダ・ジ」は4年前、リシケーシュの「アシュラム」での長期コース(3年)を卒業して、
最近「サニヤーシン」となり、オレンジの衣になったスワーミーです。

「アシュラム」に住んでいる修行者(サーダカと言います)には
次の4タイプあります。

①普通の服を着ている人.....................ふつうのサーダカ
②白い衣・伝統服を着ている人.............ブラフマチャリー
③ピンクの衣・伝統服を着ている人........チャイタニア
④オレンジの衣・伝統服を着ている人.....サニヤーシン

「スワーミー」というのは④のタイプです。正式に出家したヒンドゥー教の出家修行僧です。①の白い衣は「ブランマチャリー」で見習い候補生・学生です。その次の②のピンクの衣の「チャイタニア」になると、準出家者で、回りも「いずれ宗教家になるひと」として扱います。

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「グハートマナンダ・ジ」は「ブラフマチャリー」の修行時代から知っているので、親しみを感じていましたが、
やはりオレンジの衣(出家僧が着る)を着てスワーミーとなると、私たちとは一線が引かれ、風格が出てきたのを感じました。
やはりオレンジの衣の驚異!でしょうか?


3)ハリドワールの「クンバ・メーラ」

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さて、今年は3年ごとにインドの4箇所を巡回して開催される「クンバ・メーラ」の大祭が、リシケーシュの下流のハリドワールで行われた年でした。それで、わたしたちも、12年振りにハリドワールで開催されることになる「クンバ・メーラ」を見物に行くことにしました。わたしたちも、「クンバ・メーラ」がどのよう行われているのか、興味津々でした。

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サイトもいろいろあります。
http://www.zeenews.com/KumbhMela2010/
http://www.kumbhmela2010.com/


「クンバ・メーラ」の行われる4箇所は、次の聖地です。

・ウッタルカンド州のハリドワール
・ウッタルプラデーシュ州のアラハバード
・マッディヤ・プラデーシュ州のウジャイン
・マハーラーシュトラ州のナージック

この4箇所は、むかしむかし、不老不死の妙薬(アムルタ)の入った壺(クンバ)を神々の連合軍と阿修羅・夜叉の連合軍が奪い合ったときに、壺からアムルタが4滴地上に落ちた
地点です。

それが、その後、ヒンドゥーの聖地となり、3年おきに巡回して、「クンバ・メーラ」が開催されることになったのです。
今年は1月の中旬から4月末までの3ヶ月半に渡って「クンバメーラ」が北インドのハリドワールで行われています。

とにかくサドゥーが、インド全土から大量に集結する!と聞いていたので、もう、とても興味がありました。今までは写真や映像を見ただけですが、それでも迫力満点、
実際の現場はどうなっているのか?


行きは列車で

さて、期間中は、交通規制がありますので、道路事情は不確定。それで、鉄道で行くことにしました、ハリドワールからリシケーシュまで単線の支線が伸びています。
各駅電車に乗って、出かけることにしました。

電車の運賃は1人4ルピー(9円)、朝8時10分発の列車は、予定ではハリドワール駅に9時に到着でしたが途中の駅で止まることが多く、結局着いたのは10時でした。インドではよくあることで、線路が単線なので、各駅停車の列車は急行列車の為に線路を譲りながら走るので、
駅で通過待ちの停車をしていることが多いのです。

このことは、予測はしていたので、驚きませんでした。リシケーシュからハリドワールまで2時間掛かりましたが、動いていたのが30分、泊まっていたのが1時間半でした。車両の中は人も少なく(やっぱり道路を使う人が多いいです)、
風が通って、涼しくて快適でした。

ようやくハリドワール駅に着き、駅の食堂でチャイを飲んでひと休み!それから、気合いを入れて、ガンジス河の方へ歩き始めました。駅前の通りは、車、オート・リキシャ、人力・リキシャー、タンガーという馬車の乗り物、そして、人、人でごった返して
いました。

3ヶ月以上の期間中でも、特に、新月や満月の縁起の良い日に、ガンジス河で沐浴する為にインド中から人々がどっと集まります。インドのヒンドゥーの人にとって、ガンジス川で沐浴すること自体、
たいへん意味のあることです。

それが、「クンバ・メーラー」で縁起の良い日となると、もう、それは、それはみんな大真剣です!一気に、今までに貯まりに貯まった自分の「パーパ(不徳)」をガンジス河に洗い流し、反対に、「プンニャ(徳)」を高め、これから先の幸運と幸福を呼び込もうと、意欲満点です!
特に「縁起の良い日」の沐浴は、ボーナス・ポイントが高いようですね。

わたしたちがハリドワールに行ったのは普通の日でしたので、それほど混雑していませんでしたが、それでも、ガンジス河の沐浴場では、インドの各方面から来た人たちが沐浴したり、座ってなにやらお祈りごと?をしていました。


「サードゥー」のテーマ・パーク

それから、観光案内の地図にあった「エキジビション」というスポットに行って見ました。歩いている人の流に入ってしばらく行くと、ありました!
沢山のテントが並んでいるのが見えました。

わたしたちはそちらの方向に向かい、門をくぐり、両側にテントの並ぶ真ん中の道を歩くことにしました。すると、なんと、映像でしか見たことがないサドゥーの本物が、テントの中にうじゃうじゃ居るではありませんか!!

全身に灰を塗ったサドゥー、クンダ(儀式の火を焚く炉)の前に座るサドゥー、上半身をブランコで支えて片足で立っているサドゥー、片手を挙げたままのサドゥー、etc、、、、

わたしたちが合宿セミナーで、教材として使っているビデオに出て来るサドゥーが沢山でした。なるほど、「クンバ・メーラー」中は、サドゥーは1箇所に集めて、訪問者がまとめてサドゥーを見れるようにしてあるのですね。
まさしく、「サドゥーのテーマパーク」でした!


「グル」の見本市

さて、サドゥーのテーマ・パークである「エキジビション」会場を
抜けて、再び大通りを歩きました。

ともかく、やたらと目に付くのは、大きな垂れ幕の広告です。「商品」はもちろん「グル」といわれる人たちと、その教団です。だいたいハリドワールの街中に、教祖さんたちの写真が、所狭しと掛かっていました(だいたいが、見てもあまり気持ちよくないような顔ですね.....)。なるほど、「クンバ・メーラー」はサドゥーのテーマ・パークであり、
「グル(教祖)」の見本市でもあるのですね。

驚いたのは、なんと、その中に日本人の「グル」の写真もあったのです(女性です)。名前も日本名で紹介されていました。結構、沢山貼られていました。そうですよね、こういう宣伝は資金力次第ですから。日本の信者さんたちから集めたお金が沢山(無駄)に使われて
いるに違いない!と思いました。

ある意味、ヒンドゥー教は、ほんとうにこわい宗教です。ガンジス河の急流のように、なんでも飲み込んでしまいます。
日常と狂気が、平気で、ふつうに共存していますね。

そういった、ヒンドゥー教のこわい側面を知らずに、ウブな日本の人がヒンドゥー教にあこがれや幻想を持つのは、実は、とてもきけんなことに思えます。ヒンドゥー教には、インドに住むヒンドゥーの人たちにしか
わからない部分が多分にあります。

わたしたちが漠然と親しんでいる仏教とは、かなり違うものです。 実際に「クンバ・メーラ」の現場に立ち会ってみると、ヒンドゥー教は、わたしたち日本人にとっては、インドという遠い異国の異教なのだ、
ということを改めて実感させられます。 ある距離感を保って見ることが肝心に思えますね!


帰りは乗り合いで

さて、まだハリドワールに来て2時間ほどでしたが、もうお腹いっぱい!に感じたので、早々にリシケーシュに帰ることにしました。バス・スタンドからバスで帰ろうと思って歩いていたのですが、結局通りがかった6人乗りの大型リキシャーでリシケーシュまで
帰ることにしました。

料金は1人50ルピー(110円)で平時より高めでしたが、もう十分満喫したので、乗って帰れるのなら何でもOK、
その乗り合いリシシャーに乗り込みました。

タンタンと軽快なエンジン音を響かせながら道路を走ってリシケーシュのマーケットまで約1時間、そこから歩いて
滞在先の「ダヤーナンダ・アシュラム」まで帰り着きました。

実質2時間余りの「クンバ・メーラ」体験でしたが、後でアシュラムから「クンバ・メーラ」に行った人たちに様子を聞くと、皆さん1-2時間程度で、すぐに帰って来たみたいでした。
やはり、静かな「アシュラム」にいたほうが、平和ですから。

「なぜ、インドにはアシュラムという場所があるのか?」というのは、外のインドのふつうの世間から「アシュラム」に帰ってると実感します。ふつうの世間に隣接して、別世界・別天地を作っておいて、定期的に、静寂と平和な環境に浸れるようにしておかないと、
ほんとうに、自分自身の身心を「正常」に保てないですね!


4)プネーへの帰途


4月15日早朝5時すぎに「ダヤーナンダ・アシュラム」を車で出発、
デリー空港に向かい、午後の飛行機でプネーに戻ってきました。と、簡単に書きますが、インドでこの長い長い距離を移動するのに何もハプニングが無いわけはありません!

特に大きな事件ではなかったのですが、やはり、困ったことは起きました。何か起きるものです。


移動中の出来事

リシケーシュからデリーへの移動には車を雇ったのです。鉄道の方が移動時間が短くて済むのですが、前日の4月14日が新月で、ハリドワールの「クンバ・メーラ」の縁起日で人が殺到、前後数日は鉄道の予約は一杯だったのです。

道路も「クンバ・メーラ」中はハリドワールを迂回する遠回りのルートになります。ふつうならリシケーシュからデリーまで6-7時間ですが、今回は9時間掛かりました。

さて、その9時間のドライブ中、2回目の休憩でドライバーが急にタイヤを外し始めたのです。で、「どうしたのかな?」と聞くと、「パンクをした!」と。それで、外したタイヤを道路の向かいにあった修理屋へゴロゴロと転がして行きました。

気温40度の炎天下の道路端で待つことしばらく、ドライバーは直したタイヤを転がしながら戻って来て、車に取り付けて、無事、走り出しました。やれやれ。

また、当初、ドライバーの考えでは、もっと早く空港に到着する、と計算していたようです、が、デリー市内に近づくに従って道路の渋滞が激しくなり、結局、わたしたちが想定していた午後2時ピッタシにデリー空港に到着。わたしたちは、「午後4時便のチェックイン・タイム2時までに着けばいいや」、とインド感覚でアバウトに想定しています。やはり、そうなりました。


空港での出来事

ムンバイ空港やプネー空港と同じく、最近すっかりきれいになったデリーの国内線ターミナル。搭乗手続きを済ませ、待合いエリアのカフェテリアで昼食、出発までの時間を過しました。

今回も航空会社は新興勢力の「キング・フィッシャー」です。「UBグループ」という酒屋さんが始めた航空会社です(日本で言えば、サントリーが航空会社を始めたようなものです)。

レッドカラーのミニ・スカートの制服を着た、目が大きくて鼻筋がスーと通った、きれいなスッチーさんたちの密着サービスがあります。機内誌は、なんと芸能雑誌!映画スターのゴシップ満載。インドの国内線は、航空会社によってスチュワーデスさんの顔立ちが異なるのです!会社の方針があるのでしょう。皆さんもインドに来られた時はその特徴、違いを感じると思いますよ!

さて、ほぼ定刻で搭乗となり、飛行機に乗り込みました。この時期、学校が休みに入るので、客席はほぼ満席でした。タラップがはずされ、飛行機のドアが閉まり、離陸のため滑走路へ向かおうとしている時でした。次のアクシデントがありました。

突然アナウンスがあり、何でも乗客の1人が気分が悪いのでこれから飛行機を降りてもらう、それから、離陸手続きをやり直す、と言う説明でした。いまさら乗り込んだ乗客が降りる、ということは、預けた荷物を見つけ出したり、セキュリティの再チェックもあるので、そう簡単には飛び立てないのでは?と思いました。

すぐに1人の女性が前の出口に向かって通路を歩いて行きました。先ほどスッチーさんと話していた女性です。さて、どうなることやら。再離陸の許可を管制塔から待っている間、通路をいらいら歩く人もいましたが、大方の人は席に着いたまま、落ち着いた対応でした。

わたしたちもプネー空港に出迎えのリキシャーを頼んでいたので、うちの大家のゴレさんに電話をして、到着が遅れることをリキシャーのドライバーに伝えて貰いました。

それでも、約1時間後に、無事に離陸することが出来ました。プネー空港へ1時間遅れの、午後7時に到着しました。プネー空港に降り立つと、空気と風が変わり、ほっと安心しますね。長旅から自宅に帰って来た気分です。


5)アーユルヴェーダの体験研修

4月15日(木)にリシケーシュから戻り、その3日後の18日(日)から、ロナウラの「カイヴァリヤダーマ研究所」へ1週間の「パンチャ・カルマ」を受けに行きました。リシケーシュから帰って来ると、すでにプネーは41度!と、大猛暑となっていました。はやく逃げ出さないと.....

車でプネーからロナウラまで1時間弱、お昼前に着きましたが、やはり「避暑地」と言われるだけのことはあって、ロナウラは涼しい!と感じました。


「カイヴァリヤダーマ」で「アーユルヴェーダ」

いつもは「カイヴァリヤダーマ研究所」は研究や仕事の関係で行くところですが、「アーユルヴェーダ」で滞在するのは初めてです。

わたしたちの、プネーのホーム・ドクターである、アーユルヴェーダ医のジャガデーシュ先生が、3年前に「カイヴァリヤダーマ」で新しく始まったアーユルベーダ部門を担当されています。それで、今回はプネーのクリニックの方でなく、ロナウラで「アーユルヴェーダ」をすることにしたのです。
http://www.kdham.com/yhc_ayur.html


「アーユルヴェーダ」の基本にあるのは、「パンチャ・カルマ」という伝統的な治療法です。

わたしたちが「アーユルヴェーダ」の勉強を始めた10年前も、3週間の「パンチャ・カルマ」から始まりました。また、2005年にも、プネーで短めの「パンチャ・カルマ」を受けて、体調を整えました。

昨年から、「そろそろパンチャ・カルマで浄化の時期」と薦められていましたし、わたしたちもそろそろ時期か、と思っていたので、思い切って「カイヴァリヤダーマ」に滞在してやることにしました。

ちょうど「カイヴァリヤダーマ」は1年間のディプロマ・コースが終わり、キャンパス内は残っている学生がちらほらいるだけで、とても静かでした。スタッフも、この時期休暇を取ります。

さて、わたしたちの1週間のプログラムは、次の3つの準備期のトリートメントで始まりました。

①アビヤンガ.......オイルで全身をマッサージ(手を使って)
②ポタリ.................薬草入りの布ボールに温めたオイルを浸し全身をこする
③シローダーラ...額から頭全体に温めたオイルを垂らす

まず①と③、または②と③を午前と午後の3日間続けます。

この期間中、昼食の時にオイル(ギー)をカップ一杯くらい飲みます。4日目の午前中に全身浄化の技法の「パンチャ・カルマ」。

今回は「ビレーチャナ(ハーブの薬を飲んで下痢を誘発)」でした。その日は完全に休養。午後まで15回くらいトイレに行きました。その後の2日間は回復期の「ラサ・ヤナ」として、①アビヤンガまたは、②ポタリと下記の④⑤⑥のうち2つを組み合わせたトリートメントをします。

④カルナ・バスティ.......耳にオイルをいれる
⑤ネートラ・バスティ....目の中にオイルを入れる
⑥ナーシィア...................鼻にオイル入れる

⑤⑥は、目と鼻にオイルを入れたあと、薬の煙で燻します。

ともかく、「アーユルヴェーダ」はオイルを多量に使います。オイル責めの治療法!ですね。わたしたちは日常にも「アーユルヴェーダ」的な手法も取り入れているので、今回も「パンチャ・カルマ」は1週間と短めに納まっています。

また、長年のインド生活で、インド式の「アーユルヴェーダ」に良く反応する体質になっているようです。プネーに戻っても、まだ浄化のプロセスが継続している!という感覚が2週間くらい続きます。それで、うちに帰ってからも、当分安静にして、食事や行動にも、良く良く気をつけています。


アーユルヴェーダの講義

さて、面白いのは、ジャガデーシュ先生のお話、講義です。

ジャガディーシュ先生はニュー・ジェネレーション(新世代)のアーユルヴェーダ医です。世襲の「家業」としてアーユルヴェーダ医になったのではなく、自分の興味で「アーユルヴェーダ」の医科大学に進学し、キャリアーとしてアーユルヴェーダ医になることを選んだ世代です。

そういう背景もあって、よく勉強していますし、「アーユルヴェーダ」の理論や実践を説明することに長けています。

今回も初めに、「パンチャ・カルマ」を実行中の心構えを説明て下さいました。

○ 目的・効果の再確認

① より注意深く、より活動的に、よりからだの感覚に忠実に
② 細胞レベルでの若返り
③ 経験を通して、正しい理解をもたらし、より精神的に成熟して行く
④ 現実をよく認識し、忍耐力をもった行動
⑤ 自分の周りに起こることを、客観的に、物事を良く見る

考えをポジティブにして、「パンチャ・カルマ」期間中を過ごすように!というアドバイスです。

また、本格的なレクチャーが、昼食後と午後のトリートメントの間にありました。実は、この時間はとても眠くなるのですが、「横になって、寝てはいけない!」と注意されているので、眠気を抑えての、講義でした。

ジャガデーシュ先生も考えたのでしょう、今回は「ヨーガ」と「アーユルヴェーダ」を照らし合わせて、それぞれの立場から、心身の開発についての話して呉れたのが面白かったです。

最近は「ヨーガ」のグループの招聘で外国にセミナーに
行くこともありますので、「ヨーガとアーユルヴェーダ」というトピックを膨らませているようです。

それで、「ヨーガ」の8つの部門(アシュターンガ)と「アーユルヴェーダ」の8部門(アシュターンガ)との関連というテーマで講義が進みました。

次がアーユルヴェーダの8部門と言われるものです。

① カーヤ・チキッサー(内科学)
② バーラ・タントラ(小児科学)
③ シャーリャ・チッキサー(外科学)
④ シャーラーキャ・タントラ(耳鼻咽喉科・眼科学)
⑤ ブータ・ヴィッディヤー(精神科学)
⑥ アガダ・タントラ(毒物学)
⑦ ラサーヤナ(不老長寿法)
⑧ ヴァジーカラナ(強精法)

そして、「ヨーガ」の8部門と、それらの関連です。

① ヤマ ←→ カーヤ・チキッサー

「ヨーガ」の「ヤマ」は、統合ある人格の養成のために
避けるべき行動。それは、自分の重荷とならないような身心を育成する習慣であり、「アーユルヴェーダ」では「カーヤ・チキッサ」に対応する。いつも健康で「軽いからだ」を作り、維持すること。良好な消化吸収。食物だけでなく、日常生活の体験を良好に消化吸収。

② ニヤマ ←→ バーラ

「ニヤマ」は人格の向上のために積極的に守って行く方が
良いルール・原理原則。「アーユルヴェーダ」では身心の成長期を扱う「バーラ」に対応。

ひとは赤ちゃんから少年期、青年期、成熟期、老年期と、それぞれのからだの成長・変化の段階にあわせて、勉強する期間、社会生活・家庭生活を営む期間、社会や家庭から離れて自分を超えた存在や神について考える、という人生の段階を送る。

その基盤作りを扱うのが「バーラ」。
子供時代の生育期間に生ずる問題、無意識の形成の問題を扱う。

③ アーサナ ←→ ブータ・ヴィッディヤー

「アーサナ」は身心の安定を得るため。
「アーユルヴェーダ」にも、身心の安定を阻害するいろいろなレベルの障害を取り除くための手段がある。

プージャ・瞑想(ジャパ)・宝石を身に付ける、などがインドでは行われている。

④ プラーナーヤーマ ←→ シャーラーキャ

「プラーナーヤーマ」はエネルギーの保持、老化の予防。
「アーユルヴェーダ」では人間の寿命は100年間と考えるが、寿命が尽きるまで生命力が衰えず、感覚器官や行動期間が良好に機能していることが肝心。全身の生命力のバランスを良好に保つために、胸部より上の「ウルドヴァ・アンガ(上半身、特に頭部)」を集中して整える。肩・首・頭・鼻・耳・目を扱うトリートメントがある。

⑤ プラッティヤーハーラ ←→ シャーリャ・チッキサー

「プラッティヤーハーラ」は感覚器官を内部に使い、内部を浄化し、
エネルギーの流れを妨げるものを取り除くこと。「アーユルヴェーダ」では、外科的手段で体内で障害をなるものを取り除いて、血液の流れや、エネルギーの循環をスムーズにして行く。シャワ・アーサナは、不随系を随意系に統合。肉体の構成要素であるマッジャやシュックラを強化する。

⑥ ダーラナ ←→ アガダ・タントラ

「ダーラナ」は集中的にひとつのことを考慮すること。
そのことで、自己中心的な自意識を中和すること。「アーユルヴェーダ」では、からだを硬くさせるのは思慮の足りない食物の食べ方が生ずる毒素。こころを硬くさせるのも、思慮不足による愚かさという毒素。それらを中和し、取り除くこと。

⑦ ディヤーナ ←→ ラサーヤナ

「ディヤーナ」は、身体感覚から一時的に離脱すること。「アーユルヴェーダ」では、古いものを排出して、体の組織を
新しい物に入れ替えることを促進、身体は静止したものではなく、常に流れるエネルギーであることを自覚。

⑧ サマーディ ←→ ヴァジーカラナ

「サマーディ」はエネルギーと一体化すること。「アーユルヴェーダ」では、より高レベルのエネルギーを生産性・創造性・活力として身心に取り込む。


伝統ものは手順を踏んで

「ヨーガ」も「アーユルヴェーダ」も、同じインドの土壌・風土で積み上げられて来た伝統文化です。例えば、インドの伝統医療である「アーユルヴェーダ」では、ミルクやインド特有のギー(乳脂)や油(ごま油等)、インドに生育する薬草をふんだんに使います。

ですから、インド環境が総合的に、有利に働いてくれないと、なかなか本当の効果が出ないものに思えます。わたしたちがプネーに来た頃(20年前)、旧市街の中心にあった「アーユルヴェーダ」のクリニックを紹介され、初めて健康相談に行ったことを思い出します。

マハーラーシュトラ州のアーユルヴェーダ医師会の会長を勤められていた高名で年配のアーユルヴェーダ医の先生でしたが、まず、わたしたちが「インドにどのくらいいるのか?」ということを尋ねられました。

当時、すでに2年は経っていたでしょうか、そして、「これからも、しばらくプネーにいます」と伝えたと思います。それなら、ということで、そのベテランの先生はわたしたちを診断することにされたのです。

つまり、ここマハーラーシュトラの気候風土にある期間浸っていて、この土地の食べ物を食べている、ということが、診断の条件だったのです。

さて、わたしたち日本人にとっては、日本化した中国漢方の医療は、日本の環境に合うものになっていると思いますが、インドの「アーユルヴェーダ」は日本とは縁遠いところにあります。

「ヨーガ」と同じく、「アーユルヴェーダ」も昨今のブームで、「パンチャ・カルマ」という名前や、「シローダーラ」などの特定のトリートメントだけが世の中に広まってしまった!という状況は、何でもかんでもビジネスになればよい!という人たちにとっては好都合でしょうが、あまり歓迎されることではありませんね。

よく聞く話ですが、インド観光旅行中に、泊まったホテルで、「アーユルヴェーダ」の「アビアンガ(オイルマッサージ)」や「シローダーラ」だけを体験する!というのは、ほんとうはからだに良くない行為なのです。

本来、それらは一時的にからだのバランスを崩すものですから、トータルなトリートメントとして実行されないと、本当の意味も効果も得られないと思います。

「アーユルヴェーダ」は、インドでは本格的な医療行為ですから、それなりの心構えと、準備が必要なのです。もちろん、わたしたち日本人にも、手順を踏んでアプローチして行くことで、インドで育った伝統医療の効果を得て、また、インド的な「日常の過ごし方・考え方」に触れることでも、良い変化が期待出来ます。

この3月に、「カイヴァリヤダーマ研究所」で、2週間のプログラムで「パンチャ・カルマ」を受けられた日本の方がいます。神戸でヨーガの活動をされている方ですが、10年前に、わたしたちが初めて「カイヴァリヤダーマ研究所」で実施した日本人対象の1週間のセミナーに参加されて以来、着実に、ヨーガとヨーガに関連する分野の勉強を継続されています。

昨年は、わたしたちのアドバイスで、インドに3週間の研修に来られ、ウルリカンチャンの「ニサルゴプチャール(自然療法)・アシュラム」に3週間滞在、「アーユルヴェーダ」の対極にある「自然療法(ナチュロパシー)」の体験学習をされました。その結果、今年の「アーユルヴェーダ」でも、良い結果を得られたようです。

わたしたちのアドバイスの方針としては、インドの代替医療に興味がある場合は、まず自然療法から、というのが定石です。いきなりインドに来て「アーユルヴェーダ」の「パンチャ・カルマ」を体験するのは、いろいろな面でリスクがあります。

どの分野でも、そこの土地と文化を背景にして成り立っているものには、段階的に、時間をかけて、アプローチしていく事が大切に思えます。

やはり、最終的に望ましい結果を得るには、急がば回れ!ですね。長い時間を経て伝承されて来た伝統ものに、近道はない!と思います。


6)プレ・モンスーン到来!

このレポートを書いている間に、黒い雲が出て、空からポツリポツリと。雨の匂いだけの時もありましたが、そろそろ夕立も何度か降り、気温も少し下がり、少しは涼しくなりました。

夕方から雨が降り出すと、テラスにベッドは作れません。5月に入って、早朝4時ごろに、急に雨が降り出し、急いで布団を中に入れた日もありました。(笑)まだ、日中は日差しが強いですが、確実に、天候は雨が降る気圧に変って来ています。

今年の雨季も、農作物やわたしたちの飲料水の為にも、適度に潤う雨が、しっかり降って欲しいと思います。

 

 

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2010年3月25日木曜日

プネーの近況2010年(2)

Namaste !
みなさんお元気ですか!

日本は冬から暖かい春に向かって、変りやすい気候になっていますね。

また、「さくら」や春の花の開花に心和んだり、年度の変わり目、と言うことで、気持ちを新たにされている方もいらっしゃるかと思います。

インドの気候の変化は、日本ほど激しくはありませんが、それでも気温の上昇とともに、一気に冬服を整理、真夏の服を取り出したりで、何かと洗濯物が多い時期です。

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(うちの近所で見かけたタタの低価格車ナノ)


1)カイヴァリヤダーマ研究所でホーリー祭
 
こちらプネーは、すでに真夏となっています。夏の訪れは、ホーリー祭とともにやって来ます。

今年のホーリー祭(満月)は、2月28日(日)と、
例年より早めの暦になっていました。そして、ホーリー祭の翌朝、インドの人たちは色の粉や、色水を掛け合って、派手にお祭りを祝います?

ですから、ホーリー祭の翌日は、インドのたいへんキケンな日なのです。プネーの自宅に居る場合ですと、絶対部屋の外へは出ないようにしています。午前中にご近所の人たちが集まって、お互いに粉や水を掛け合うのです。

一週間ほど前から、近所のお店で色水を発射する水鉄砲が売られ初めます。今年もキケンなおもちゃが売られる季節が来たな、という風物詩でもあります。

ムンバイの日本総領事館からも、ホーリー祭中は、「むやみに群集に近づかないよう注意して下さい」という「安全情報」のメールが配信されます。

 

今年のホーリー祭は、ちょうど「カイヴァリヤダーマ研究所」で、日本の人たちの1週間セミナーを実施している期間でしたので、ロナウラのキャンパスで迎えました。
 
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「キケンな日」はセミナーの2日目にあたり、日本からの参加者の人たちにも説明、十分に注意喚起!してもらいました。

その日は、スタッフとスタッフの家族や、現在進行中のディプロマ(D.Y.Ed.)・コースの学生さんたちがキャンパス内に集結し、外国人の宿舎の方にもやって来て、色粉・色水をつけ合っていました。

外界では無秩序で激しくやりあっていますが、キャンパス内は、まだ、良識が働きます。付けて欲しいくない人には少しだけ、と、ある種の節度があったように見えましたが、どうでしょうか。

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それにしても、なぜあんな色粉や、色水を顔に塗られたり、服にかけられたりして、インドの人は嬉しいのでしょうか??長年インドに暮らして来ましたが、どうも不可解な謎です。

まあ、子供の頃から習慣で、「遊び」としてやっているから、童心に返って楽しいんでしょうかね。さて、ホーリー祭が終わりますと、本格的に夏が始まります。日中の日差しは、かなり強くなりますが、まだまだ、朝晩は涼しい風が吹き、ほっとします。


2)「カイヴァリヤダーマ研究所」で日本組セミナー「ロナウラ2010」

今年は、2月28日(日)から3月6日(土)の1週間、「カイヴァリヤダーマ研究所」での日本人対象のセミナー「ロナウラ2010」を持ちました。昨年に続き、2回目になります。

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これから、ロナウラの「カイヴァリヤダーマ研究所」で行う日本組セミナーも増やして行きたいと考えています。

 

思えば、わたしたちが「カイヴァリヤダーマ研究所」に初めて来たのは1988年6月のことです。当時は、まだインド各地のヨーガ関連施設のリサーチ中でした。

その時は、ムンバイのサンタクルズにある『ヨーガ・インスティチュート(Yoga Institute)』での1週間コースに参加した後、雨季の始まったロナウラに列車で移動、始めて「カイヴァリヤダーマ」に2週間滞在したのです。

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(1988年当時のロナウラ駅・カイヴァリヤダーマ)

 
それから22年になります。当時から比べると、スタッフや先生方の顔ぶれも変りました。キャンパス内には新しい建物も増え、庭も整備されました。

それに、昔に比べると、とにかく沢山のインド人がヨーガをやりに来ている!と言うのが、すごい変貌振りです。インドもヨーガ・ブームです。ロナウラの町の様子も近年のインドの急速な発展と同調して、かなり、様変わりして来ました。

今までにも、「カイヴァリヤダーマ研究所」で日本人グループのセミナーを行ったことはありましたが、今年は本格的にHH主体のセミナーを実施した、ということで、感慨深いことに思います。

参加者は、旅行会社主催でインドに研修ツアーに来られた東京の「ヨーガ団体」の方々と、わたしたちがお呼びした人達との混成で、総勢20名でした。

また、こちらのセミナーの報告は、参加者の方のフィードバックを掲載して行きますので、しばらくお待ちください。


3)プネーの「国立自然療法研究所(NIN)」訪問

3月6日(土)に「カイヴァリヤダーマ研究所」でのセミナーは修了。

その日に、2名の方が次のプログラムであるウルリカンチャンの「ニサルゴプチャール(自然療法)・アシュラム」へ向かわれました。
http://www.nisargopcharashram.org/Default.aspx

ウルリへの移動の途中、ミニ・スタディ・ツアー、ということで、プネーにある「国立自然療法研究所(NIN)」を訪問しました。
http://punenin.org/index.htm

その2日前に「ロナウラ・ヨーガ研究所」を訪問した時に、ディレクターのマンマット・ガロテ先生から「NIN」の方に、わたしたちが訪問する旨の電話を入れて貰っていましたので、当日は、担当者の方が丁寧に施設内を案内して下さいました。

現在、国立研究所になっている施設は、かってインドで初めての
自然療法のクリニックだったところで、自然療法を推進された「マハートマ・ガンディー」が長く滞在された歴史的な場所です。

場所はプネー駅の裏手にあり、町のど真ん中ですが、キャンパス内は植民地時代を感じさせる雰囲気で、古風な建物と庭園の、ほっとする空間が広がっています。

ここには宿泊施設はありませんが、通いで来る人たちのための診療室、治療室、ヨーガ・ホールやショップ、自然食のレストラン、と、一通りそろっています。

また、キャンパス内にはマハートマ・ガンディーが滞在されていた部屋や、講義をされていた庭園のコーナーが残されていました。

わたしたちのグループは付属の自然食レストランでインド風自然食の「ターリー(定食)」と、「モーザンビー(オレンジの一種)・ジュース」や「スイカ・ジュース」を注文しました。

料金は普通のレストランの半分ですね。
自然食の「ターリー」は思ったより味があり、それがまたマイルドで、とても美味しく気に入りました。

ウルリカンチャンの自然療法アシュラムの食事は、ほとんど味がないので、薄味好みのわたしたち日本人でも少し物足りない味!と感じますし、インドの人にとっては、本当に「薬のような食事」だと思います。

こちらの自然食レストランは最近設立されたようです。正門から入ってすぐの左手にあり、誰でも自由に入れるので、こちら方面に出てきた時は、ぜひ利用したいと思います。


4)エローラ石窟寺院探訪

さて、「NIN」を訪問した翌日、本格スタディ・ツアーとして、3月7日(日)・8日(月)の2日間、世界遺産に指定されているオーランガバード郊外のエローラ石窟寺院へ出かけました。

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実は、わたしたちは、プネーに来て20年近くになりますが、今までエローラに行ったことがなかったのです。何度も計画はあったのですが、そのたびに諸々の事情で先送りになっていたのです。

今回は「ロナウラ2010」の付属スタディ・ツアーということで、ついに決行されることになりました。


「メヘール・ババ」のアシュラム訪問

お昼の12時頃プネーを車でスタート。 まず、プネーから2時間ほど、オーランガバードへ向う途中のアーメダナガールで、「メヘール・ババ(1894-1969)」のアシュラムを訪問しました。

「メヘール・ババ」はプネーのパルーシー(拝火教徒)出身の現代インドの聖者です。沈黙行をされていたことで有名です。

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1930年代から欧米にも広く知られ、1969年に亡くなるまで、欧米にも影響力の大きかった人物です。
http://www.ambppct.org/events/events.php
http://en.wikipedia.org/wiki/Meher_Baba

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特に、1988年に世界的にヒット、1989年の第31回のグラミー賞で4部門を受賞した「ボビー・マクファーリン」というシンガーの「ドント・ウォーリー・ビー・ハッピー(Don't Worry, Be Happy)」が、「メヘール・ババ」のメッセージから作曲された曲として有名です。

これは、当時、たいへんヒットした曲ですね。みなさん、聞き覚えがあると思います。サンプルが次のサイトで聞けます。聞くだけで、楽しく、気が楽になる曲ですね。
http://en.wikipedia.org/wiki/Don%27t_Worry,_Be_Happy

今でも欧米人の信者さんが多い様です。実際、「メヘール・ババ」のサマーディをお参りした時、欧米人の信者さんが「サマーディー」を守っていらっしゃいました。

とにかく、「精神性」の分野に関しては、インドは底なしですね。いつもびっくりする発見や出会いがあり、自分たちの先入観が試され、崩され、新たに拡げられます。

そういう意味で、心をストレッチし、脳をトレーニングするには、インドは最高のところでしょう。


次はアーメダナガール砦

「メヘール・ババ」のアシュラムを訪ねた後、近くの「アーメダナガール・フォート(砦)」を訪ねました。この地区を長く支配したムスリムの都城跡ですが、たまごのような流線型に巡らされた城壁と、それを囲む堀で厳重に守られ、軍事力では攻落されたことのない難攻不落の要塞だったそうです。

ここは、イギリスの統治下の最後の時期に、「ジャワハルラール・ネルー」を初めとする反英独立運動の闘志たちが約2年間、最後の幽閉をされた場所でもあります。

現在はインド陸軍の施設になっています。それで、写真撮影は禁止になっていました。建物はシンプルですが、さすがしっかりとした造りで、周りの庭園もきれいに整備されています。

ネルー首相の部屋だけは仕切りが残されていましたが、他の人たちの部屋の仕切りは取り外されていました。ネルー首相の部屋は、ベッドルーム兼書斎の隣にガランと広いホールがあり、中央の机に独立運動の当初からの新聞の切り抜きのコピーが特大のサイズのファイルにスクラップされてありました。

担当の軍人さんがそのスクラップ・ブックの記事をめくりながら、ヒンディー語で丁寧に内容を説明をしてくれ、わたしたちは同行していた「JLS(Japan Language Service)」のラトールさんの日本語訳で聞きました。

幽閉中もネルー首相は毎日ヨーガのシルシ・アーサナで健康管理をしていたことで有名です。あのネルー首相が幽閉中に「毎朝30分シルシ・アーサナをしていた」部屋がここかと思うと、感慨深いものがありました。

また、ネルー首相の著書である「ディスカバリー・インディア(インド発見)」も、この部屋に幽閉中に4ヶ月間で書き上げられたそうです。


オーランガバード到着

さて、アーメダナガルを出て2時間あまり、宿泊先のオーランガバード市内のマハーラーシュトラ州政府観光局(MTDC)経営のホテルに到着しました。

途中「メヘール・ババ」のアシュラムや「アーメダナガール砦」でゆっくりしたこともあり、オーランガバードに着いたのは夜の8時過ぎでした。

チェック・イン後、近所のインド式ファミリー・レストランで夕食。日曜日の夜とあって、家族連れ(一族連れ?)ご一行様で、たいへんな混雑でした。


いよいよエローラへ

翌朝、宿舎を出てすぐ、日本語ガイドのマヤさん(女性)と合流し、エローラへ向かいました。

エローラには、ヒンドゥー教・仏教・ジャイナ教の遺跡が混在しています。それぞれの伝統の精神性の特性が1箇所で良く解る、実にお得なスポットです。

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流暢なマヤさんの日本語ガイドで、大乗仏教で仏像が作られたいわれや、仏教石窟がどのように作られたか、とてもよく説明して下さいました。 

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そして、ある石窟寺院の中の仏像の前にわたしたちを置いて、マヤさんは隅の柱に立ち、「ブッダン・シャラナン・ガッチャーミ・・・」と、きれいなパーリー語のチャンティングをしてくれました。それにしても、7~8世紀頃、どのように岩山を横に掘り進み巨大な僧院を作ったのでしょうか?

3階建てのようになっている僧院があるのですが、上の階と下の階の柱の位置の狂いのない正確さに、ただただ驚くばかりです。

それらの仏教石窟寺院もすごいのですが、さらに圧巻なのは、ヒンドゥー教のカイラーシャナータ寺院です。これは、岩山を上から掘り出した巨大な彫刻寺院で、完成に150年の年月が掛かった、と言われています。

150年ですか....ほんとうに、気の長い話です。


グリネーシュワール寺院

また、エローラのすぐ近くに「グリネーシュワール寺院」というシヴァ寺院があります。「ジョーティー・リンガ」という、インド全土で12箇所ある「シヴァ・リンガ」の1つで、インド人の参拝者のひとたちで賑わっていました。

「カイラーシャナータ寺院」はすでに遺跡ですが、こちら「グリネーシュワール寺院」は生きたヒンドゥー寺院で、昔は「カイラーシャナータ寺院」もこのように盛況だったのだろうか、と感じさせます。


ビビ・カ・マクバラ

そしてもう1箇所、オーランガバード市内に戻り、ミニ・タージ・マハールと言われている「ビビ・カ・マクバラ」を訪問しました。これは、ムガール帝国のオーラングゼーブの奥さんのは墓所で、息子さんが母のために作ったそうです。

しかし面白いのは、あまりお金をかけられなかったようで、一部は大理石も使われていますが、多くは普通の石と漆喰なので、アグラの「タージ・マハール」ほど綺麗ではありませんが、離れてみると本当に、「ミニ・タージ・マハール」です!

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エローラでも十分

通常、エローラはアジャンターと組で、「世界遺産のエローラ・アジャンター」として扱われますが、実は、2つのスポットは、かなり離れているのが問題です。

プネーから「エローラ・アジャンター」探訪は2泊3日の行程になりますが、アジャンターはオーランガバードから距離があるため、アジャンター往復だけに1日を費やすことになります。今まで行かれた方からも、往復のドライブが結構きつかった、と言う感想を頂いていました。

それで、わたしたちは、今回アジャンターを落とし、1泊2日でエローラ探訪だけに絞ることにしました。結果的に時間にも余裕があり、またいろいろな場所も見学することが出来たので、これも良いプランではないか、と思っています。

それにしても、プネー・オーランガバード間の道路があんなに良くなっているとは思いませんでした。これなら、暑い時期でもエアコンを使えば、かなり快適に往復のドライブも楽しむことが出来るのではないでしょうか!

デカン高原の絶景を高速で走り抜けるドライブは、なかなかなものです。途中で休憩の出来るモダンなドライブ・インも増えていました。



5)新しくわが家の台所に登場

さて、「ロナウラ2010」+スタディ・ツアーが終わってプネーに帰ってきてすぐに、わが家の台所に2つのアイテムが加わりました。


謎の逆蛇口

このところ、台所の水道の蛇口の締まりがわるくなり、ぽたぽたと水漏れがするようになっていました。1月に、オーナーのゴレさんに見に来てもらい、工務店に頼んで修理してもらうことになっていたのですが、結局、いつまでたっても修理人が来ず、そのままになっていました。

しかし、今月初めになって、蛇口の締まり具合がさらに悪くなり、くるくると、いつまでも回る状態になったので、これはキケン!と思い、再びオーナーのゴレさんに電話をしました。

翌日、ゴレさんが送った修理人が来て、蛇口を触って、「これは壊れている!取り替え時期」と言って、新しい蛇口を買いに行くから一緒に来るように、との様子なので(修理の人は地元のマラーティ語だけで英語は出来ません)、主人がついて行きました。

数分して、2人は近所のお店で新しい蛇口を買って戻って来ましたが、新品は結構ズッシリと重くて、高級品のようでした。 400ルピー(約800円)もしましたから。

さて、古い蛇口と取り替えです。

修理の人は「水道の元栓を閉めて欲しい」と言いましたが、このビルは、水道の元栓は下の方で一括管理しているので、警備員の人に聞かなければならないことを告げると、じゃあ、元栓を締めずにやる、ということになりました。

台所には、コンピューター机もあるので、PCにビニールをかけて、準備OK!一瞬、水道管から水が吹き出ましたが、それほど濡れませんでした。

無事、新しい蛇口も取り付けられ、これで安心、使いやすく快適になった、と思ったのもつかの間。ちょっと手の感じか違う?

これはもしかして、逆回転ではないかな?

間違いなく、今までと逆の方向に回って開閉されるのです。そういうタイプの蛇口なのでしょうか?蛇口には、右回りと左回りがあるものなのでしょうか。

閉めようとすると水がじゃーと出て、開けようとすると蛇口がきゅっと閉まるのです。

そういえば、数年前に部屋中の電気の配線の入れ替え工事をした時、スイッチ・ボードのスイッチの位置と、その電気の場所が、ぜんぜん関係なく、たまたま偶然そうなった、という感じで取り付けられたことを思い出しました。

まあ、スイッチ・ボードの方は慣れてくれば、それほど不便は感じませんが、蛇口はどうなるでしょう。台所の1箇所だけ逆回りで、他の浴室・洗面所・トイレは正常・・・

これから脳はどう反応していくか、楽しみが一つ増えましたね!


タタの家庭用浄水器

同じ日に、もう一つ新製品がわが台所に登場!それは「スワッチ(SWATCH)」という家庭用浄水器です。
http://tataswach.com/technology.aspx

家庭用浄水器については、今までもずっと気になっていたのですが、インドでは安いモデルでも3000ルピー(6千円)から、という結構なお値段で、そこまで大金を出してまで浄水器を買う必要は感じていませんでした。

プネー自体が水質のよい土地柄ですし、わたしたちの住むアウンド地区は、この先に軍関係の施設や宿舎があるので、水道網が良く整備されているのです。

それで、プネーに来て以来、長年飲料水は、ふつうのインド式に、ゴミを取り除く簡易ろ過器に消毒用の塩素を1・2滴入れたレベルで使用していました。

普段も、生水は、まず、飲みません。日常の飲みものは、日本茶や中国茶、インド式のチャイやコーヒーです。それでも夏の暑い時期は、インド式に作った飲料水を一度煮沸して冷ました水を飲むか、ペット・ボトル入りの飲用水を買っていました。

しかし、今年になって、あの世界で一番安い車「ナノ(Nano)」を作った「タタ(TATA)」グループの会社が、わずか999ルピー(1998円)の家庭用浄水器「スワッチ(Swatch)」を開発、販売を始めたのです。

これは、タタ・グループのラタン・タタ会長の、「庶民の人たちに手が届く価格の家庭用浄水器を提供し、飲料水の安全問題を解決したい!」と言う理念で開発されたものです。

車に続く、家庭用浄水器での「価格破壊」です。このモデルは、一度に9リッターの水を浄化できます。最初の広報では、2モデルが販売されるとなっていたので、わが家で2人で使うには大きいと思い、小さいサイズが出ないのかと待機していました。

そうしているうちに、競合する他のメーカーも、タタの「スワッチ」と同じ価格帯の1000ルピーで小型浄水器を発売し始めたではありませんか!

しかし、それらの先行メーカーは今まで平気で3000ルピー以上の高価な家庭用浄水器を売っていたのです。ここに来て、タタが安いモデルを出したので、競合他社も急に3分の1の値下げモデルを出す、というのは、どうも、納得できません。

それに加えて、タタが新たに開発した水の浄化技術には欠陥がある、うちの方が良い、というネガティブ・キャンペーン。わたしたちは、やはり「タタ・グループ」のラタン会長さんの理念がすばらしい!と思うので、タタの「スワッチ」を買うことに決めていました。

タタの低価格車の「ナノ(Nano)」についても、競合する他の自動車メーカーから激しい妨害工作が表に裏に繰り広げられ、最初西ベンガル州に造られた生産工場は途中で頓挫、新たにグジャラート州に工場を建設することになったため、生産・販売計画が2年くらい遅れています。

このように、このところ、タタ・グループは、庶民向けの低価格車、低価格住宅、低価格浄水器等を立て続けに開発・提供しています。

タタ・グループの動向も、インドの今を感じさせるものですね。3月も半ば、プネーも暑くなってきたので、飲料水を使う量も増えて来ましたが、家で、簡単に安心してお水が手に入るようになったので、とてもうれしいです。

もちろん味の方もOK、消毒用塩素を使わなくなったので臭いもまったく消えて美味しいです。わたしたちは、毎朝、アーユルヴェーダ式に、一晩銅製のカップに入れた水を飲んでいますが、その銅水(心臓に良い)も一味変ったように感じます。


6)今年も北インドへ研究旅行

先週の3月12日(金)、午後遅く、季節外れの夕立が降りました。 結構激しく振り、夕方から夜は久しぶりに涼しい風に当たりました。しかし、この時期に雨が降ると、今シーズンの「ぶどう」や、これから始まる「マンゴー」に被害が出たり、他の農作物にも影響が出ないかと、気になります。

そうでなくとも、このところ物価超高騰で、野菜の値段がびっくりするくらい高くなっています.....

予報では、このような夕立がまだ2・3回来るかも知れない、と言っています。マハーラーシュトラ州の南のアンドラ・プラデーシュ州あたりの気圧の配置の関係のようです。

今週末から、わたしたちは勉強・研究旅行で、北インドのリシケーシュへ出かけ、プネーを1ヶ月程留守にします。北インドはマハーラーシュトラ州に比べて、1ヶ月くらい遅れて夏がやってきます。3月から4月にかけての北インドは、まだ過ごし易い気候です。

リシケーシュのアシュラムのすぐ側を流れるガンジス河も、まだ冷たいと思いますが、インドの巡礼者の人たちが元気に冷水で「沐浴」をされる光景が毎日目に入ることでしょう。

プネーの日常生活とは違なる聖地での生活は、わたしたちの活動の、さらなる原動力になると思います。

 


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2010年2月9日火曜日

プネーの近況2010年(1)

ナマステ!
皆さんいかがお過ごしでしょうか?

この冬日本は雪が多く、寒さが厳しいようですが、皆様のところはいかがですか?

わたしたちは、インド・プネーのわが家で、インドの「冬(乾季)」を楽しんでいます。

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1)きれいになったムンバイ空港

バンコクでの仕事を終えてインドに帰って来たのは、12月11日(水)でした。

今回は、バンコクからインドの航空会社の「JET AIRWAYS」を利用しています。バンコク発の朝便があり、ムンバイにお昼過ぎに着くので、たいへん便利です。夕方までにはプネーに帰れます。

6ヶ月振りにムンバイの空港に着いてみると、ここ数年続いていた改築工事もほぼ終わり、空港内のイミグレーションや、荷物受け取りのコンベアーの所も、きれいに明るく整備されていました。

そして、到着ロビーから外へ出ると、「ミーティング・ポイント」もきれいに広く整備され、出迎えの人たちがとの合流が
とても分かりやすくなっていました。

インドでは、空港や駅には、必ず親戚や友人の出迎え・見送りの大軍が殺到します。それで、周辺に十分のスペースが必要です。

前回は、飛行機が早めに到着したにもかかわらず、「ミーティング・ポイント」周辺がまだ工事中だったので、いろいろと困りました。

ロナウラのエージェントから呼んである出迎えの車の駐車問題やら、どこが臨時の「ミーティング・ポイント」なのがかハッキリ分からず、出迎えのドライバーと会うまでに、かなり、手間取りました。

(それでも、最近はお互いに携帯電話を使いますので、何とかなります)。

以前の古いムンバイ空港(ムンバイだけでなくインドの空港はみな
そうでした)は、到着して飛行機から出た瞬間から、ビル内の薄暗さや、隅のほうで人がごそごそしている不気味さ、こんな辺境までやって来た、というやさぐれ感が漂い、「さあ、インドに着いたぞー」と言う緊張感が襲って来たものです。

しかし、最近、インドのどこの空港も改装工事で奇麗になりました。
ふつうの外国の空港のようになりましたので、安心して旅行気分、外国への到着気分に浸ることが出来るでしょう。

これからムンバイに来られる方!どうぞ楽しみに!
空港内もよく見学してきて下さい!


2)プネーまで3時間の直行ドライブ

ムンバイ空港に昼便で正午に到着、午後1時には空港をスタートし、
3時にロナウラを通過、4時にはプネーに到着。

まず、わたしたちのフラットのオーナーのゴレ教授宅に立ち寄り、チャイをご馳走になり、用意してあったわたしたち夕食(プリー・バジ)を貰って、アウンドのわが家に到着しました。

ムンバイ・プネー間の高速道路はロナウラで「カイヴァリヤダーマ研究所」のキャンパスを横切ります。

時速100キロ近くで、スワーミージ(研究所の精神的指導者)のクティ(お住まい)の裏の丘を通過しますので、車中から「ナマステ」とご挨拶!

ロナウラの「カイヴァリヤダーマ研究所」は高速道路と共存、ムンバイのサンタクルズの「ヨーガ・インスティチュート」は空港と共存、ムンバイ空港の滑走路の延長線下にあります。

ヨーガの研究所と
いうのは、伝統と近代が融合したところのようですね。


3)プネーの部屋

さて、わが家のフラットに到着すると、まずは、毎度のこと、
半年分の大掃除です。

部屋の中のベットや家具に掛けてある布を取り、2度3度と床を掃き、2度3度と床をモップがけをして、半年分の埃やくもの巣、ヤモリの置きみやげを取り除き、テラスやバスルームは水を撒き、ブラシで磨きます。

そして、ロッカーや棚から少しずつ必要なものを取り出して再配置、何とか夕食の時間までには、一通り片づきました。

窓にアルミ・サッシのガラス窓が入ってからは(2005年)、以前に比べて
埃も少なくなり、また、バンコクから持ち込んでいるプラスチック・ケースが大活躍、埃や虫が入らないので、本や小物の保管上、とても安心です。

今回帰って来てびっくりしたことは、電話線が正常に使えたことです!
もちろんインターネットの接続もOK。

いつもですと、半年間使っていないとたいてい電話線が不通になっていました。オーナー側で毎月きちんと基本料金の支払いをして呉れていてもです。

しかし、昨年はインドを出る前に、オーナーのゴレさんと一緒に電話局へ
行き、「料金前払いの制度」を使ってお金を半年分前払いしたのです。

どうやら、このシステムはきちんと働いているようです。インドの中間層の家庭では、子供がアメリカやオーストラリアに
留学して、そのまま移住するケースが少なくないのです。

子供が
外国で家庭を構えると、両親も数ヶ月子供の家を訪ねます。インドの自宅と、アメリカの子供の家を数ヶ月単位で行き来している老夫婦も珍しくないのです。そういうケースの便宜を図るために、最近、公共料金の前払い制度ができました。

電気料金も前払いが可能で、うちも電気料金の前払い制度も利用しています。


4)ご近所の様子

さて、わが家の近所のアウンド近辺の様子はどう変わっているか?と言うと、ここ数年のイケイケ・ムードから比べると、なんとなく
落ち着いた感じがしています。

リーマン・ショック、ドバイ・ショックと続いて、やはり景気が悪いのか、
また、インフレが続いて、お米・麦・野菜・豆・砂糖などの日常食料品が軒並み値段が上がっているので、家電製品のような生活必需品でないものは、消費が落ち込んでいるのではないでしょうか。

うちのフラットの前は、プネーでは大手の家電量販店「ダス(DASS)」のショー・ルームなのですが、今回とても静かなことに驚いています。

以前は週末は入り口のところで動物のぬいぐるみが愛嬌を振りまき、
音楽もがんがん鳴らして、夜10時頃まで賑わっていました。しかし、今回は夜8時過ぎには既に戸が閉まって、中も真っ暗になっているではありませんか!

新しい店舗が増えたり、店構えが新しくなったりで、ますます
賑わっているのは携帯電話屋です。携帯電話屋は不況知らずですね。

また、古いビルを改築して新しい店構えの作りにしている所も何件かあり、それらは女性のモダンなインド服や子供服の店になっていました。

そんなに沢山同じようなお店が集まっても仕方がないのでは?と思いつつ眺めています。

確かに、新聞などを見る限り、インド全体の経済成長は進んでいる
ようで、日本を始め、海外の企業が進出し、業界同士の交流や展示会が盛んに行われているようです。

しかし、インドの場合、インフラの整備がぜんぜん追い付いていない
ので、日々矛盾も拡大、という様子です。

車が増えても、道路が足りない!
家電製品が増えても、電気が足りない!
大学は増えても、講師が足りない!

一言で言うと、世の中の変化に人間の側が、ぜんぜん追い付けて
いけない、という局面ですね。

それでも、結構、みんな、平気だったりします。それぞれの人々が、それぞれに、マイペースで、毎日がそれぞれに進んでいるように見受けられます。

日本のみなさんも、インドに来てしばらく暮らしてみられると、人間について、社会について、自然(宇宙)の法則について、いろいろ哲学的に考えることが出来ると思いますよ!


5)アーユルヴェーダ・クリニック訪問

さて、インドに帰ってきて1週間もすると部屋の方も、身辺の方も、
段々と落ち着きましたので、それではと、からだのチェック・アップのために、プネーのアーユルヴェーダの先生のクリニックに電話をして予約を入れました。

昨年、日本へ帰国した折に、東京の実家の近くのクリニックにも
「尿検査」に行ったのですが、結果がすぐに分かるのはすごいのですが、お医者さんは、検査結果のデータと睨めっこして「問題はありませんよ」と言うだけで、患者本人には何ら興味を示されないのには、驚きました。

たまたまこのお医者さんがそういう人だったのかもしれませんが、
昨年プネーに外務省から派遣されて来た「巡回医師団」の先生による健康診断でも、同じように思いました。

それに比べて、こちらのアーユルヴェーダのお医者さんとは、
脈診から始まり、食生活、季節や年齢による日常生活のすごし方など、インドの伝統医学ならでは!といった内容の話題で、いろいろと先生と議論で盛り上がることになります。

やはり、「インド人の徹底した考え方はすごい!」と、改めて
感心する局面ですし、ヨーガやインド哲学を勉強して来て良かった、と納得する局面です。

インドのものは、あるレベルから先になると、すべて、お互いに
関連して来ます。同じものを、別々な側面から取り扱っているかのようです。

アーユルヴェーダの先生と話をしながら、その場で具体的に疑問に
答えて呉れるので、こちらも自分のためにやるべきこと、やってはいけないことを納得します。

今のからだの状態を補うことをする、補うものを食べる、逆に、今はしない方が良いこと、今は食べない方が良いものなど、有益なお話をじっくりと聞き、処方された薬をもらって帰って来ました。

わたしたちがアーユルヴェーダの勉強を始めたのは2001年から
です。それまでは、もっぱら自然療法派でした。

アーユルヴェーダの勉強には、「パンチャ・カルマ」の体験が必要になります。わたしたちがやったのは2001年と2005年です。そろそろ今年は「パンチャ・カルマ」の時期かなあ!と思っています。

ヨーガと同様、インドのアーユルヴェーダについても、日本では
部分的な情報しか伝わっていないのではないでしょうか。

いきなり、日本のひとがインドに来て、本格的な
「パンチャ・カルマ療法」は無理です。むしろ、キケンと思われます。インドの療法に興味のある方は、 まず、「自然療法」を体験することがステップとして必要でしょう。

インドの自然療法を体験した後ですと、アーユルヴェーダの特性についても、正しい見解を持つことが出来ると思います。


6)プネーの「国立自然療法研究所(NIN)」訪問

さて、わたしたちは最近の興味は、もっぱら「アーユルヴェーダ」で
すが、もちろん、ヨーガと自然療法は切り離せないものです。

プネーには、インド中央政府厚生省AYUSH局の「国立自然療法研究所」があります。
http://punenin.org/index.htm

ここは、インドで初めての自然療法のクリニックで、インドの近代自然療法の父でもある「マハートマ・ガンディー」が支援していたところです。

その後、「マハートマ・ガンディー」は1946年にプネーから40キロ離れたウルリカンチャンという村に、インドで初めての自然療法の療養施設である「ニサルゴプチャール(自然療法)・アシュラム」を設立しました。
http://www.nisargopcharashram.org/Default.aspx

さて、自然療法では、もっぱら、わたしたちはウルリカンチャンに行きます。プネーの「国立自然療法研究所(NIN)」は、プネー駅の向こう側にあり、わたしたちの住むアウンドからはやや遠方になるので、今まで訪ねたことはありませんでした。

2年前に「国立自然療法研究所(NIN)」主催のコンフェレンスに出席したことはあるのですが、そのときは外部のホールで開催されました。

もちろん、「NIN」は「カイヴァリヤダーマ研究所」や「ロナウラ・ヨーガ研究所」とも密接な交流があります。わたしたちの恩師の故M.L.ガロテ先生も「NIN」の常連講師で、定期的にロナウラからプネーに通って、「NIN」の学生や、ビジター向けにヨーガの講義をされていました。


インドでの仕事は交通手段次第

さて、先月、ついに「NIN」を訪問する機会が出来ました。その日は、車を一日借り切り、プネーでいろいろな用事を
まとめて片付けることにしたのです。

インドの場合、移動手段が最大の頭痛の種です。
公共の交通機関はバスしかありませんが、それが全然便利でも快適でもなく、インド式3輪タクシーの「リキシャー」はガソリンの高騰で、庶民が気安く使える乗り物ではなくなっています。

リキシャーでちょっと移動すると、50-100ルピー。それに、
昨今のプネー市内の交通量と排気ガスの大気汚染で、ドアのないオープン・カーのリキシャーに長い時間乗るのは苦行です。

プネーで車を一台借り切ると、使用時間と移動距離によりますがプネー市内の移動だけなら1000-1500ルピー、郊外のウルリカンチャンやロナウラまで行くと、1500ー2000ルピー。

交通渋滞にかかっても、車の中なら平気です。エアコンも使えます。ですから、リキシャーを数回使って市内移動して用事をするくらいなら、むしろ運転手付きの車を借り切って、まとめて用事を片付ける方が、料金的にも、疲労度的にも、全然ラクになっていますね。


自然療法の強力メソッド「ヒップ・バス」

さて、「NIN」を訪ねた理由は、兼ねてから気になっていた
腰湯のための「ヒップ・バス・タブ」を見ることでした。

自然療法は、自然界にある「5元素(空間・風・火・水・土)」の作用を活用して、からだの自然治癒力を活性化させるメソッドです。

そして、「水」の作用を用いる「水療法(ハイドロ・セラピー)」というカテゴリーがあり、そのひとつに、丸形で浅い小型の浴槽の中で椅子のように座り、腰回りだけをお湯や水に浸す「腰湯(ヒップ・バス)」があるのです。

これは、かんたんながら、意外に強力な技法で、自然療法では定番となっているメソッドです。わたしたちも、1993年にウルリカンチャンで自然療法の勉強をしてからは、自宅での「ヒップ・バス」用にプラスチックの大きめのタライを買い、ときどき実践して来ました。

ただ、ふつうのタライを使うと、床面面積が広いため、それだけお湯を大量に使いますので、効率がいまいちだったのです。それだけ、光熱費もかさみます。

最近、インドでの自然療法の普及に伴い、「NIN」で家庭用の「ヒップ・バス・タブ」を販売していることを知りました。これは良さそうなので、「機会があれば、ぜひこれをゲット!」と、車で「NIN」に行くチャンスを待っていたのです。

さて、念願の車を使った「NIN」訪問。

「NIN」はプネー駅の裏側の、
あまり駅から遠くないところにあり、ゲートを入るとすぐキッチンが目に入りました。自然療法のランチや、野菜ジュースやフルーツのジュースを廉価で提供しているカフェテリアです。そして、通いで自然療法を受ける人たちのクリニックや講義室、ヨーガ・ホール、ショップなどがセンターの敷地内にありました。
http://punenin.org/index.htm

駐車場に車を停めて、さっそく、わたしたちはお目当てのショップに入りました。中にはダイエットやヨーガに関係する書籍や、自然療法で使う食品やグッズが置いてあります。

ヨーガ関係の書籍では、ガロテ先生の本や、
「カイヴァリヤダーマ」の本が多くあり、ガロテ先生のポスターも壁に貼ってありました。

ショップには2種類の「バス・タブ」が置いてありました。
ひとつはわたしたちが購入しようと思っている「ヒップ・バス」用の椅子型のものと、もう一つは横になり背骨だけを湯に浸す「スパイン・バス」用の、少し平たい「バス・タブ」でした。

さて、「ヒップ・バス」用のものを欲しいことを伝え、見本でない
「バス・タブ」が出てくるのを待ちました。ショップにいる人は動く気配がなく、誰か外から別な担当者が「バス・タブ」を持ってくるのか?と思って、10分は待ったでしょうか。

ようやくひとりの男性スタッフが入ってきて、履物を脱ぎ、台に上ったと思うと、ショップの天井を開けて、天井裏にあるらしい収納庫入って行き、ガサゴソと音を立てたかと思ったら、上からゴロンと「バス・タブ」が降りて来ました!!

なるほど、このスタッフが担当だったのですね。
他のスタッフは、見ているだけです。

わたしたちは、上から降りてきた「バス・タブ」を壊れていないか
よくよくチェックして、代金の2100ルピー(約4,200円)を払って、「バス・タブ」を駐車場の車の中へ入れました。

あらかじめ電話で値段を問い合わせたとき、「バス・タブで2100ルピーは高いのではないか?」と疑いがあったのですが、現物を見て納得しました。タライやバケツに使われているプラスチックの素材ではなく、ふつうの浴室のものと同じ素材の、樹脂製の本格的な「バス・タブ」だったのです!!

これなら少々高くても納得、長持ちしそうです。

さて、その後、わたしたちはカフェテリアの方の探索に行きました。食事のメニューはウルリカンチャンの「自然療法アシュラム」のキッチンと同じような内容でした。ナチュラルで、からだに良さそうです。

実は「NIN」に来る前に、近所で昼食を済ませていたので、 その日は「NIN」の食事は見学だけで、次回は食事時間に来る
ことにしました。


くつろぎ椅子兼用で大活躍

その後、「ヒップ・バス」用の専用バス・タブは、わが家で大活躍しています。良い買い物をしました。

今、インドも冬なので、夜寝る前の「ヒップ・バス」は少し寒いです。ですから、時間のある午前中やや夕方に「ヒップ・バス」をしています。全身浴に比べて、腰回りの部分浴の方が全身の血液循環が良く
なります。

腰周りの筋肉に良いことはもちろん、副交感神経を刺激して、
リラックス効果は絶大です!

そもそも南国では、「バス・タブ」に浸って入浴する習慣がないのです。全身を熱い浴槽に浸すことが当たり前になっている日本人にとっては、賢い部分浴の使い方は、大いに研究の余地があると思います。

これは、床に座ることが当たり前の習慣となっている人たち
(タイ人やインド人)にとって、クッションをいろいろとサポートに使ったり、正座で工夫して座ることが骨盤から背骨のバランスを矯正するのに良い、ということに気が付かないのと、似ているように思います(この点は西洋人から学ぶことが多いですね!)

今回、わが家に来た「NIN」の「バス・タブ」は、腰湯用としてはもちろん、昼間も部屋のリラックス椅子として大活躍をしています!!

なぜなら、今回、アーユルヴェーダの先生から「昼食後は横にならないよう、昼寝しないよう、椅子に座って寛ぐだけにするように!」と処方されているので、この椅子型の「バス・タブ」にクッションを組み合わせて置いて座ると、まさに理想的な「くつろぎ椅子」にもなるのです!

それにしても、この冬は「寒いインド」となっています。
北のカシミール地方では大雪に見舞われ、首都のデリーでも0度まで気温が下がる日が続き、毎日凍死者が出ていると、ニュースで伝えています(凍死するのは、路上生活者やスラムに住むような、最底辺のインド社会の弱者の人たちですが.....)。

わたしたちの部屋はビルの4階の一番上で日当たりが良く、冬は暖かい方なのですが(夏は暑い)、それでも午前中は部屋の温度が上がらず、寒いです。

インドの家屋は石やレンガ作りで、床も石のタイル張りなので、冬はからだが冷えます。そもそも、夏の猛暑期をしのぐように工夫されているので、寒さには弱い構造です。

この時期、本当に腰湯は温まって快適です。自律神経のバランスを整えるので、ストレス解消、日々の健康維持にも大いにプラスです。

かんたんで効果絶大の自然療法は、偉大だと思います。日常生活で、ちょっとした工夫で、からだに良い習慣を身に付けることが、日々のストレスを中和し、不必要な病気を避け、人生のトータルな過ごし方に、前向きな差を付けるようです。


7)ロナウラでのプログラム

12月にプネーに戻ってから、すでにコンフェレンスが2つありました。12月末の4日間の「カイヴァリヤダーマ研究所」の第6回国際会議と、
1月17日(日)の「ロナウラ・ヨーガ研究所」のコンフェレンスです。

これらのレポートは関連した話題で触れて行きます。「カイヴァリヤダーマ」でのコンフェレンスでは、今年度「ディプロマ・コース(D.Y.Ed.)」に在籍されている2人の日本人留学生も、準備段階や、期間中のキッチンでのお手伝などで、裏方さんとして大活躍されていました。

1学年の「ディプロマ・コース(D.Y.Ed.)」は4月下旬まで続きます。長丁場のコースもあと2ヶ月半余りとなっています。
無事にインド・ヨーガ留学を満了されて、日本のヨーガの
レベルアップのために、大いに活躍していただきたいと思います。

また、ロナウラの「カイヴァリヤダーマ研究所」では、1月15日から6週間の「サティフィケイト・コース(CCY)」が進行しています。日本女性が3名受講中です。

この3人の方々は、全員、昨年11月のバンコク郊外の
「ワンサニット・アシュラム」での、わたしたちの10日間コース「ワンサニット2009」に参加されています。

「ワンサニット2009」の後なので、インドの先生方の英語が聞き取りにくい、という問題はありますが、「カイヴァリヤダーマ」での実習や勉強の内容面では、それほどの障碍はない、と思われます。

授業が進んで行くと、段々と、何が話題になっているのか、という講義の流れや、よく出て来るサンスクリット語の用語も耳慣れて来るものです。

今回の「CCY」の受講生のみなさんにもフィードバックをお願いしていますので、レポートを楽しみにしていましょう。


1月24日(日)には、「D.Y.Ed」と「CCY」の日本人留学生組5名と、他の外国人留学生4名、総勢11名で「ロナウラ・ヨーガI研究所」の新オフィスを訪問。

現ディレクターのマンマット先生や、研究スタッフのパリマール先生から、ヨーガの古典文献研究の必要性・重要性への熱い講義を受けました。

ロナウラには、ヨーガのリソースが集積しています。ヨーガを扱うには、ロナウラは外せないスポットですね。


8)これからの予定

今インドは、一番良い季節です。しばらくは、プネーの日常生活を静かに過ごしたいと思います。毎日快晴のお天気で、日中もさわやかな暑さで過ごすことが
出来ます。

プネーに居るときの一番大切な活動は、インドの伝統哲学である
「ヴェーダーンタ」の、わたしたちの先生のクラスに行くことです。日が昇る前の朝7時から始まるクラスは、少し寒いですね。

2月の後半からは、日本の方がグループや個人でこちらに
来られ始めます。「カイヴァリヤダーマ研究所」でのわたしたちのプログラムに参加される方や、ウルリカンチャンの「自然療法アシュラム」に滞在される方がいます。

また、わたしたちは、2月12日(金)ー14日(日)に、デりーの「モラルジ・デサイ・国立ヨーガ研究所(MDNIYI)」のコンフェレンスに参加する予定です。

どうぞインドのヨーガの動向にも、日本から注意を向けておいて下さい。ますます、正しいインドの情報が必要な局面になっていますね。

その後、3月後半には、今年も北インドに研究旅行に出かける
予定です。

これから日本では、各地方から聞かれるお花の便りが楽しみな
季節になりますね。

ヨーガで、健康で、すこやかな毎日をお過ごし下さい。


相方ひでこ
H&H

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